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時栄、去る ~八重の桜・不義の噂感想~
時栄に不倫疑惑が発覚。
書生の青木とのものだったらしい。
最初は覚馬は青木を学校から離れさせたようだけど、結局青木は寂しかったらしい。
史実によると山本覚馬と時栄の2人の洗礼のあと、彼女が体調を崩し、書生の子を身ごもっていることが発覚すると。

覚馬は許そうとしたけれど、八重は時栄を追求し、ついに離縁させてしまった。とある。
・・・というのが徳冨蘆花の自伝小説『黒い目と茶色の目』に記されたことらしい。
これが事実だったとしたら八重は本当に心臓が鉄で出来ていそうである。


このドラマでの八重は最初はあらぬ噂だと考えるようだけど、時栄は正直に自分の思いを吐露してしまった。
やっぱりそれが女性としての人情なのか。
疑惑が持ち沙汰されて商工会議所を辞職する覚馬。
彼からしてみれば悲惨なことだよなあ。
職を辞退しなければならなくなった上に、今まで支えられてきたパートナーを失うわけだから。
強硬な態度に出る八重だけど、本当は辛かったろうに。
子供まで傷つくのは当然だけどね。
いくらいけないことをしても、それでも離れられないのが親子の嬢なのかもしれない。
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【 2013/11/10 20:44 】

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敵同士の結婚 ~八重の桜・鹿鳴館の華感想~
10年間の外国留学から帰ってきた山川捨松に、大山巌からの白羽の矢が立ったのは明治16年。
当時の大山は外国との不平等条約を改正するのに懸命だったが、大山はフランス式兵制からドイツ式兵制の訓練を受けていたという。
しかしながら当時の交渉の場は夫人同伴の舞踏会であることが多く、パートナーとして教養の高い女性が必要であった。

そこでアメリカ10年間留学し、大学を首席で卒業して、フランス語やドイツ語が堪能であった捨松が選ばれたという話。

かつては敵同士(しかも大山は会津攻めの指揮官。)であった薩摩藩士と会津の女性との結婚に、当然家族は反対した。
山川浩にとっては妻のアダだったからねえ。
ドラマでは八重との腕相撲で捨松を手に入れるという、妙にスケールの小さい方法だったけど、
史実では大山は、いとこで西郷隆盛の弟であった従道を呼び出し、「大山も自分も逆賊(西郷隆盛)の身内でごわす」と浩を連日・夜通しで説得、最終的には『本人次第』という形で落ち着いたんだとか。

捨松は大山にプロポーズされてから3ヶ月で結婚を決意。
それには、大山の心の広さと茶目っ気に惹かれたからだという。

この話はある意味、薩摩と会津という長らく対立していた藩の和解、ととっていいのだろうか。
ある意味ではちょっとユーモアがあるねえ。

10月に大山と捨松の結婚式が、鹿鳴館にて行われる。
かなり史実らしい部屋になっているねえ。
時の流れを恐る浩だから、それを見送ることができたのかも。
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【 2013/10/27 20:42 】

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国へ帰って ~八重の桜・襄と行く会津感想~
1882年4月6日、自由党党首板垣退助(加藤雅也)が暴漢に刺された事件。
この時に板垣が叫んだ言葉、「板垣死すとも自由は死せず」という言葉。
実際には言っておらず、「痛い、医者を読んでくれ」と言ったとも、『アッと思うばかりで声も出なかった』ともいう。
自由党の臨時報にも「板垣ハ死スルトモ自由ハ亡ヒス」とあり、政府の密偵文章にも「吾死スルトモ自由ハ死セン」とあったという。
作り話とするにはいささか疑念が残る気もするが。
(余談。犯人の相原尚褧はその後赦免され、北海道の植民事業のため北海道に向かうが、その後行方不明になったと言われている。自殺したとも、誤って海に転落したとも、相原の背後にいた板垣襲撃を計画した者に殺害されたともいわれており、真相は不明である。)

相変わらず在野にいる八重(綾瀬はるか)。
襄(オダギリジョー)と娘夫婦と一緒に伝道のため会津に向かう。
娘夫婦も伝道に頑張っているという話だが、耶蘇と呼ばれたキリスト教がよく皆々に受け入れられたと思う。
さぞかし偏見も多かったと思うが。
時の流れは残酷なもので、会津城は取り壊され、既に長屋になっていた。
荒城の月を思い出すこの状況。

かすかな角場(鉄砲の練習をする場所)の造りを見つけて喜ぶ八重。
やはり変わらないものもあったと。
そこで懐かしの奉公人夫婦に会う。
彼らからうら(長谷川京子)の居場所を聞き出す。

みね(三根梓)はうらに会って、再び家族で暮らそうと言う。
とは言っても実家に帰って(乱れ髪が痛い・・。)、別の生き様を選ぶことにしたうらにとっては、やはり迷惑な話か。
みねの道中無事と嫁入りしたことだけでも喜びであったろう。


さてさて、山中家は懐かしい人が戻ってきました。
山川捨松(水原希子
外国暮らしが長くて日本語を忘れてしまったのかと思えるほど。
そんな人いたな、とふと思い出す感じで感銘はないけれど。
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【 2013/10/20 20:44 】

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覚馬の娘の進む道 ~八重の桜・覚馬の娘感想~
山本覚馬(西島秀俊)はそれなりに京都府議長として権力があったわけだ。
新聞に訴えて世論を動かし、槇村正直(高嶋政宏)の府政を批判。

1880年10月に京都府会の同意を得ず地租追徴を決定する。
山本覚馬が議長を務める府会は反発した。
ドラマではこれを期に明治政府を倒す勢力が出てくるのではと憂慮する槇村だったけど。
結局追徴を撤回し府会に追徴議案を提出し、議案は可決する。
槇村にしてみれば結果オーライだったのでは?

一方で覚馬の娘・みね(三根梓)は母のために山本家を残したかったようだけど、すんなりと結婚に行くことを認めた覚馬に反発と。
八重(綾瀬はるか)は会津戦争の経験を軸に、『変えられるのは先のことだけ』と諭す八重。
覚馬の娘として、結婚した時の峰の気持ちはいかがだったか。

さて、自由民権運動が高まり、大隈重信(のちにイギリス流議会政治を目指す立憲改進党を形成。)を代表として国会開設の建白書を出す。
政府は大隈を野に下らせる代わりに国会開設の詔を出すが。
これはいわゆる飴と鞭といった感じか。

これを期に私立大学を開設すると宣言する襄。
そのまえに会津に行くみたいだけど、何を体験する?
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【 2013/10/13 20:45 】

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学生とのいざこざ ~八重の桜・妻のはったり感想~
同志社学校も4年たち、第1の卒業生が出てくる中で、京都府からは廃校を命ぜられ、外国人教師からは伝道教育の強化・・・と無理を言ってくる。
襄(オダギリジョー)は優柔不断なところが多いからねえ。
そんな弱々しいところが弱点か。
欧米人らしくひげもはやしたけど、そこが弱点か・・・。

それを補おうと刀傷は日本人を斬ったと嘘をつく八重(綾瀬はるか)。
そのハッタリがかえって学生たちを奮い立たせちゃうわけね。
そこで授業をボイコットして襄に文句を言ってくると。
とはいえ、今回は八重がいけないような気が・・・。
傷を利用してあんなハッタリかますから・・・。
結局は襄が校長としての矜持を示して、結果オーライではあるけれど。


自由民権運動が起こる前に、京都府でも府議会議員と県知事との対立があったと。
その時の議長が覚馬(西島秀俊)だけど、ホント偉くなったものだねえ。
ヒゲまではやしちゃって。
(江戸ではやらなかったひげを、欧米に追いつけ追い越せで真似ていたからねえ。)

襄の両親ともあったけど、やはり伝統的な日本文化に触れてきた両親には、上の態度が理解できなかったみたいだねえ。


・・・それにしてもなんだか今日は話が短かったような気分。
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【 2013/10/06 20:44 】

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