『茜色のユメハナビラ
また会えますように』 ピコ『ユメハナビラ』 けいおん!×School Daysクロスオーバー小説、第5弾。 [秋山澪] ブログ村キーワード [けいおん!] ブログ村キーワード [平沢唯] ブログ村キーワード [クロスオーバー小説] ブログ村キーワード [二次創作小説] ブログ村キーワード ![]() ![]() にほんブログ村 ![]() ![]() ドラマQ おかげさまでこの小説も第5話まで書き終えました。 応援してくれてありがとう。 別に応援してなくても、読んでくれてありがとう。 函館百景のほうが書きやすいけど、こっちの物語の方が緩急はつけやすい。 なるべくそれぞれの我力がでるようにしやすいからね。 函館百景は淡々と行く感じになるかね。 以前にも言ったけど、 この物語はドラゴンボールとワンピースの『CROSS EPOCH』を理想として作ったもの。 あの作品にならって一対一を強調しつつも、より複雑にそれぞれのキャラを絡ませるのが理想。もう少し面白くできればいいんだけどね。 物語はいよいよ佳境へ。 フュージョン! ハッ!!(違うって) ******************************************************************************************************** 第5話:迷走 「伊藤君!」 コンビニ近くで誠を見かけ、唯は駈け出した。 しかし目の前で、世界が先に誠の腕に飛びつく。 「あ・・・・。」 「これで、わかったでしょう?」 唯の前に、短髪でボーイッシュ、長身の女子学生が現れる。 唯はその子が、以前ムギの言っていた甘露寺七海であることに、すぐ気付いた。 「伊藤には、すでに西園寺世界っていう彼女がいるんですよ。無礼だとは思いますけど、貴方みたいなのにウロチョロされると、困るんですよね。」 「そ、そ、それは・・・。で、でも・・・。」 見下ろされるような鋭い眼光に、唯はたじろいだ。 「伊藤に近づかないでくださいな。」 低い、ドスの効いた七海の声である。 とても近づくのは無理。 唯はそう感じて、すごすごと七海から離れた。 「あ・・・。別に落ち込まなくていいですよ。 伊藤にちょっかい出さなければそれでいいんですから。放課後ティータイムの演奏、楽しみにしてるって、世界言ってましたし。」 七海は唯に同情したのか、うって変わってねぎらいの言葉をかける。 しかし、唯の耳に届くことはなかった。 「光、そっちのほうはどうだ?」 七海は、同じく世界と誠を見張っていた光に声をかけた。 「桂が来たわよ。」 光は、ツインテールをイカリングのように留めた独特の髪を気にしつつ、答えた。 「案の定、来たか。」 「あいつ、全然読めてないわね、今の状況。『西園寺さんは誠君の彼女ではないです。誠君の彼女は私です。』なんて言ってるし。」 「ったく・・・まあ、中学時代からムカつく奴だったけどさ、桂の奴。」 「しっかし、世界の頼みとはいえ、何で私が伊藤のお守をしないといけないのかしら。」 光がため息をつくと、七海はニッコリ笑顔を浮かべ、 「何言ってんだよ。世界がそれで幸せならば、それでいいじゃないか。」 「そう・・・。」光はいささか不満げの様子で、「平沢って子のほうは、来た?」 「来たよ。私が止めに入ったら、すぐにがっくりして行っちゃったけど。さすがにちょっと可哀そうだったな。」 誠は、刹那の視線を感じ取った。 「・・・。」 「どうしたの、誠?」 世界が気づいて、眉をひそめる。 「いや・・・清浦も、甘露寺も、黒田も、さっきから俺たちにまとわりついて、なにやってるのやら・・。」 「私たちの仲が気になるんでしょう。みんな友達思いだから。」 素知らぬ顔で世界は答える。実を言うと彼女自身が頼んだのだが。 唯や言葉が、誠に近づかないようにと。 「あれから見かけなくなったな・・・。言葉も、平沢さんも。」 世界は疑惑の目を彼に向け、 「・・・誠の彼女、私じゃないの?」 「え・・・? あ、ああ。」 「あの2人がいると、不安になるの。」 「そ、そうか・・・ごめん・・・・。」 例のコンビニにつくと、いつもの光景が見える。 右手に雑誌や漫画がおいてあって、左手に豆板醤チキンやポテトの入ったヒーターが置かれていて・・・。 でも、どこか物足りなく感じるようになったのは、なぜだろう。 誠は世界から離れ、漫画雑誌を読んでみる。 いつもこうして読んでいると、 「伊藤くーん!」 平沢さんの声が聞こえてきていた。 世界が言葉や平沢さんを警戒するようになってから、そういうことが全くなくなってしまった。 俺の彼女は世界。 それは分かっている。 でも、どこか物足りない。平沢さんに会えなくなってからは特に。 自分が榊野学園に入学して、このコンビニに通うようになってから、たまに見かけるようになったな。 世界や泰介とつるんでいるとき、あの子もよくコンビニにいて、よく漫画を読んでいた。 ギターケースを肩にかけて、友達と笑っていたものだった。 理由はわからないけど、いつの間にやら、それが気になっていて・・・。 こうして漫画を読んでいると、また 「伊藤くーん!」 と呼んでくれるような気がした。 「誠!!」 はきはきした声で、誠は我に帰る。 「わ! あー、びっくりした、世界か・・・。」 「びっくりしたはないでしょ。」 世界は疑り深い目でにらむ。 「いや、夢中になってたから・・・すまん。でもいい時期なんだぜ、『ワンピーク』。人魚島で麦わら一味が集結して、元・秩父会のドンベエと一緒に悪党どもに大反撃ということになって・・・。」 ごまかして漫画の話をする。世界はきょとんとしながらも、表情を和らげ、 「そういえばそうね。いいところいってるかも。」 「『ボルト』はどうなってるかな。世界は好きなんだろ。」 「まあね。ボルトとサスケが敵城侵入のあたりまでいったかな。火影になることを目前に控えて。」 「そう言えば、言葉は『金魂』が好きだそうだな・・・。」 お互いにくすくす笑いあって、 「私もちょっとびっくりしたなあ・・・あんな清楚な子が金魂ねえ・・・。」 「SF時代劇なんて言ってる割に、下ネタばかりが多いからなあ、あの漫画・・・。」 けたけた笑う誠だが、なぜか、心の奥底から笑えなかった。 携帯が気になった。 世界の頼みで、言葉と唯の携帯が着信拒否になっている。 平沢さんとは一度として、メール交換も電話もできなかったな・・・。 なんでこうなるのやら・・・。 そんな日々が、1週間ほど続いた。 今日も、学校の勉強も学祭の会議も耳に入らず、誠は帰宅した。 世界もついていっている。 「最近だけど、いつもボーっとしてるね、誠・・・。」 「まさか、そんなことねえよ。」 誠は懸命にはぐらかす。 「誰かほかの女の子のこと、考えたりしてない? 桂さんや、平沢さんとか・・・。」 「それはっ・・・!」 図星であった。 「やっぱり! 誠、あの二人のことが!!」 「・・それは・・・。」 そんなに、独占したいのだろうか、自分を。 「だから私には、嫌そうな顔をしてるんだ。」 「違う! 俺は!・・・俺は・・・。」 理由は分からないが、焦りと、苛立ちがいつの間にやらグツグツ湧き上っていた。 「私はただ、誠のえっちの相手でしかないというの!?」 「そんなわけない!!」 声をいつの間にやら荒げていた。 そんなに自分が他の人を気にするのが、いやだというのか? 自分だって迷ってるのに? 「わかったよ!! そんなにおまえが俺を独占したいのならっ・・・!!」 このっ・・・! 怒りで何も分からなくなっていた。 勢いのままに、世界を押し倒していた。 「ちょ・・・ちょっと、やめてよ! 嫌!!」 「うるさいっ!!」 バタバタ暴れ出す世界の手足も、やがて緩慢になってゆく。 なんであんなことをしたのか。 言葉や平沢さんに近付けなくなってイライラしていたのは確か。 でも・・・でもなんで世界に八つ当たりしてしまったのか・・・。 苛立ちのままに、事を7回ほど済ませ、やっと気が済んだ。 眼に涙をにじませ、ふらりふらりと帰っていく世界の姿が目に浮かんだ。 「伊藤!」 教室に入って最初に、光にどやされた。 「なんで世界に暴力振るうのよ!!」光に肩を掴まれて詰め寄られる。「世界今日、具合が悪いって休んでいるのよ!!」 「それは・・・悪いと思っているけど・・・。」 言い訳など、できるわけがなかった。 「伊藤、最近笑わなくなったね。」 誠の目を見つめ、隣にいた刹那は怒りというより、心配そうな声で言った。 「な、何言ってんだよ清浦、ほら、こうやって笑顔なんて簡単に・・・。」 ごまかすために、誠は口角をあげるが、心に空洞があって上手く上げられない。 「・・・笑えてない。目も笑ってない。」素早く刹那は悟り、「私達が、桂さんや平沢さんを見はるようになってから、だよね。」 「だ、だから違う!!」 ごまかしても、刹那は既に多くを読み取ったようだ。 怒り心頭の光の表情。刹那は思案顔になっていた。 「とにかく、学校終わったら、お見舞いに行くから。」 二人の顔から眼をそむけ、急いでトイレに向かった。 トイレで一人になってから、錆びつきくすんだタイルに向かって、誠は拳をたたいた。 「くそ! くそ! くそーっ!!」 昼の委員会活動。 学級委員たちが向い合せに座り、弁当を食べながら学祭のテーマについて話し合っている。 どしゃっ! 急に大きな音がしたので、言葉はそちらを向く。 自分のすぐそばで、パン屑が散らばっていた。 「桂さーん、パン屑がこぼれてるんだけどー。」 言葉は4人の女子学生に取り囲まれた。 「え? で、でも・・・私は今日は、和食ですし・・・。」 「つべこべ言わないの! あんたの周りにこぼれてるんだから、あんたがひっくり返したんでしょ?」 意図的にちぎってこぼしたかのような、無数のパン屑の前に突き飛ばされる。 4人の剣幕に根負けし、言葉は黙ってパン屑を拾い始めた。 そんな彼女を、その場に居合わせた刹那はじっと見つめ・・・。 言葉を無視して、4人は再び学祭の話し合いを始めた。 「手伝おうか?」 かがんでパン屑を拾う言葉に声がかかる。 そちらのほうを向くと、刹那がいた。 「いいんですか? ・・・ありがとうございます。」 言葉は頭を下げた。 刹那は何も言わず、言葉の隣でパン屑を拾い始めた。 「ねえ。」 「何ですか?」 「伊藤のことなんだけど・・・。」 話題にされたくない話。眉をひそめ、言葉は刹那を見つめる。 「私も世界の幼馴染だから、正直、貴方が伊藤にちょっかいをかけるのは嫌。」 「ちょっかいなんかじゃありません。寝とったのは西園寺さんのほうでしょう?」 息巻く言葉に、刹那は直接は答えず、 「でも、伊藤以外に頼れる人間がいるなら、頼ったほうがいいと思う。例えば、先生とか、家族とか。」 「頼れる人間・・・。」 「私が言えることはこれくらいだよ。」 「・・・とはいっても、私の両親は共働きだし。 聞いてくれるかどうか・・・。」 それは本音であった。 両親は大きな会社の社長と重役だが、共働きで忙しく、とても自分の悩みなんて聞いてやれるひまなどないのだ。 妹はまだ純真で、男女の愛憎なんかわかりっこない。 ならば・・・。 まだあの人の腹の中は、わからないが・・・。 「私がアドバイスできるのは、これだけ。」 刹那はそれ以上何もいわず、パン屑と格闘を始めた。 刹那が去った後、言葉は携帯電話の電話帳を開いてみる。 そこには、桜ケ丘の秋山澪のアドレスが登録されていた。 あの人、何で自分に親切にしてくれたんだろう・・・・。 ともあれ、もう自分だけでは誠君に近づけないかもしれない・・・。 ・・・・・・・ 言葉は、新規メール作成のボタンを押した。 誠に近づけなくなってからというもの、唯のやる気は一気にダウンした。 ひどく朝寝坊をして、1時間目の途中から教室に入る。先生の小言を聞き流して机に座り、あくびと居眠りばかりして授業に臨む。軽音部でも、いつもの、いや、いつもよりひどくのろのろして不機嫌に、ムギの紅茶と菓子を食べる。 「・・・唯先輩、あの時のやる気はどうしたんですか・・・。」 ティーカップをとった梓が、声をかける。 「何の話?」 机に突っ伏しながら、低―いこえで唯は答えた。 「あれだけやる気満々だったじゃないですか。一生懸命に練習して、ライブに備えるんじゃなかったんですか?」 「もうどーでもいいよ・・・テキトーにやるから、私。」 「お願いですから、恋のことよりライブのこと考えてくださいよ・・・みんなが大恥かいちゃうんですから。まったく、唯先輩も律先輩も、ライブより恋愛のナンパの考えていて困ったもんですよ・・・・。」 「おいー、」律が文句をあげて、「私だって少しはライブのこと考えているんだぜ、トークとかさあ。」 「トークはあくまでも箸休めでしょうが。」 「はあ・・・。」澪はため息をつきながら、「気持ちはわかるけどさ、今はライブのことを考えようぜ、唯。伊藤って奴とは、学祭の日にきっと会えるだろうしさ。」 嫌な予感が的中したか。澪は心の底から思った。 「だって・・・見張られてるんだよ・・・近づけないんだよ・・・。電話とメールだって、通じないんだよ・・・。」 「まあ、そのうち伊藤が一人になることもあるだろ。その時に近づけばいいじゃん。」 言ってから、ふと思った。 桂は? 伊藤に近づけているのか? 「唯ちゃん、」続いてムギが声をかけてきた。「ねえ、もう少し頑張れない? 榊野の学祭が終わったら、みんなでケーキバイキングに行きましょうよ。」 「ケーキバイキング!?」 皆の目が、一瞬輝いた。 唯を除いて。 「でも、いつにします? 榊野学祭当日は休日だから、今の時期だともう予約いっぱいだと思うけど・・・。」 と、梓。 「だいじょうぶ、私のお父さんに頼めば何とかしてくれるから。終わったらすぐバイキングに行きましょう。」 ムギは大企業の社長の娘で、様々なホテルや店にコネがある。これまでも、唯のギターを購入する時、修理する時、彼女の力で値段を大きくおまけしてもらっていた。 「・・・しかしね、ムギの力も今更ながら凄いもんだなあ。」 唖然としつつ、澪は答える。 唯は・・・。 今日のムギのケーキとお茶も、喉を通らなかった。 なぜ誠に電話しても、メールしても、通じないのか。 正直このことが、ケーキ以上に大きなものとして自分の頭の中に存在するのは、信じられなかった。 「ひょっとしたら榊野学祭、去年以上に有意義な思い出になると思うわよ。甘露寺さんに会って、ケーキを食べ放題で・・・。」 甘露寺、と聞いて、もはや唯は耐え切れなくなり、 「・・・ごめん、帰る。」 「え?ちょっと、唯、まだ練習の途中なんだよ。」 「やる気にならないんだよ。」 唖然とする周りを無視して、唯は音楽室を後にした。 「唯先輩・・・困ったものですよ。」 唯の去った音楽室で、梓は一人、愚痴る。 「恋は盲目、だからね。」 ムギが苦笑いを浮かべながら、食器を回収していく。 太陽は西に傾き、雲が空の多くを覆い隠していた。 「・・・初めてだな。」 澪の言葉に、皆はそちらを向く。 「唯の奴、伊藤と親しくなってから、いつもより思いっきり笑うようになって、そして今は、思いっきり不機嫌になってる・・・。」 「澪、どういうことだ?」 「波がついてきたってことだよ。いつもダラダラしていたいつものあいつじゃない。」 「それに、」口を挟んできたのは、さわ子。「苦しみは魂を強くさせるからねえ。恋愛をすると、時々すごく苦しんで、時々すごいハイテンションになるものよ。それを繰り返して人は大人になっていくもの。」 「おいおい、」律はあきれ果て、「さわちゃんは101回振られている割に大人っぽくねえだろ。顧問のくせに全然仕切らないし、やたらと部員にコスプレ衣装着せたがるし。」 「ほっといてよ。」 「まあ、そんなことはどうでもいいな。どうにか、ベストなコンセプトで学祭に臨めるといいんだがな・・・。」 澪は廊下を見ながら、つぶやいた。 「唯の奴、最近は遅刻ばっかりだしよ。恋の病ってこええもんだよ。」 律は頬杖をつきながら、クッキーをかじる。 「・・・まあ、お前と同じで、もともと真面目でないけどな。・・・いてて。」 「どういう意味だ、こら。」 澪の耳を引っ張りながら、律はなじった。 「冗談だ、冗談。」 その時澪のポケットの中から、音のしない振動が伝わってきた。 携帯にメールが来たらしい。開いてみる。 差出人を見て、澪は目を見張った。 「桂・・・?」 「桂って、」律が横からメールを覗き込みながら、「以前唯に絡んできた、あいつ?」 「ああ。しっかし、『初めてメールいたします。桂言葉です。この間はありがとうございました。』なんて、ずいぶん礼儀正しいなあ。」 「ちょっと正しすぎる気もするけどな。高校生とは思えん。」 「まあ、いいじゃんか。」澪はメールに目を通しながら、「清楚なお嬢さんなんだよ。私らと違ってさ。」 「おいおい、『私ら』ってなあ・・・。」 「『今までのいきさつ、すべて説明します。』って・・・・。」 澪は目で言葉のメールを追っていく。律も横から携帯画面を見つめる。 登下校の電車で、誠と一緒に居合わせることが多かったこと。 世界の紹介で、誠と付き合うようになったこと。 そして、言葉の異性恐怖症によるすれ違い。 その間に、世界が誠と関係を持ち、そのまま彼女になってしまったこと・・・。 返してといわれても断られてしまったこと・・・。 詳しく書かれていた。 「・・・しかしね、」律が苦笑いを浮かべながら「『西園寺さんが誠君に突かれて・・・』って、どんだけ生々しいこと書いてんだこいつ。」 澪も顔を赤らめ、 「それだけ印象が深いってことだね。まあ、そんなところを見てしまえば、疑心暗鬼になるのも無理ないけどな。」 澪はすぐに、新規メール作成のボタンを押した。 「あの・・・澪先輩、」梓が不安げな表情で机を乗り出す。「あんまり深く関わると、面倒なことになると思いますよ。」 「そうよ、澪ちゃん。よく言うじゃない。『人の恋路を邪魔する奴は、馬にけられてなんとやら』って。」 ムギも懸念の表情であるが、澪は無視して、次のような返信をした。 『好きだった恋人をとられて、すごいショックだったんだね。友人と話してもうまくいかなかったのか。思い切って、恋人に直接会ってみたらどうだ。本人から直接思いを聞くといいよ。』 太陽の半分が雲に隠れる。 「そういえば澪、桂のことになると目の色が変わるな・・・。」 夢中でメールを入力する澪を見ながら、律は独りごちた。 音楽室を飛び出し、トイレに入りこみ、唯は携帯電話を取り、誠に電話をしてみる。 『おかけになった電話番号は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため、かかりません』 そのメッセージが、また届いた。 三回繰り返した。 何回やっても同じだった。 「どうして・・・どうしてなのよ・・・・マコちゃん・・・・!」 気がつくと一心不乱に走り出していた。 いつ校内を出たのかも、いつ校門を出たのかも、分からなかった。 我に帰ると、既に家の玄関にいた。 無言で入っていく唯に、 「お姉ちゃん・・・?」 憂の声がかかる。 憂はリビングで、何か紙に書いていたようだ。 「憂・・・。今日は、早いね。」 憂もなぜか元気がなく、目がうつろになっている。 「お姉ちゃんこそ。部活はどうしたの?」 「ごめん・・・。やる気にならない。」 「え、何故・・・?」 唖然とする憂に、唯は答えた。 「マコちゃんに会えない・・・マコちゃんが、私に返事してくれない・・・。 もうやる気、出ないよ。」 その後、一気に階段を駆け上がって自分の部屋に入り、ベッドの上に突っ伏した。 「・・・やっぱりお姉ちゃんには、伊藤さんが私以上に大切な人なんだね。」 ドア越しに呟く憂の声も、聞こえなかった。 顔を伏せているため、何も見えなかったが、誠の笑顔が視界によぎっていた。 「唯―! ごはんよー!!」 母の声で、唯は我に返った。 窓を見ると、日はもうとっくに暮れ、にび色の雲が空全体を覆う中で、傘を被った満月が顔をのぞかせていた。 うつ伏せになっている間に、寝てしまったらしい。 蒲団が少し濡れているのが気になった。 一つあくびをしてから、唯は部屋を出た。 「あれ、お母さん、早いね。」 「仕事が早く終わってね。今日はお父さんも来てるわよ。」 「本当に?」 唯の両親が仕事から帰って来て、今日は家族4人で夕食ということに。久々に家族だんらんができそうだ。 唯も気分転換にと思い、部屋着に着替えて、テーブルに座る。 「おえっ!」 「ま、まずい・・・。」 しかし、その日の料理は、これまでにない位まずかった。 唯だけではなく、両親までもがそう感じた・・・。 「・・・え・・・そう・・・?」 晩御飯を作った憂が、ぼんやりした表情で、ぼそりと答える。 「憂・・・砂糖と塩、間違えてる・・・。」 渋い顔をして、唯が言った。 ぼんやりした表情でかたまった憂だったが、やがて、 「ご、ごめんなさい!・・・ごめんなさい・・・作り直すわ。」 あわてて台所へ戻る。 「どうしちゃったのかしら、憂・・・いつもはこんな失敗しないのに。」 不思議がる母の隣で、唯は憂を見て、言った。 「そう言えば憂、少し痩せたね・・・。」 ふと、憂のポケットから、小さな紙切れがはらりと落ちる。 唯はさっと拾って、中身を見て思わず・・・ 息をのんだ。 そこには 『伊藤死ね伊藤死ね伊藤死ね』 と、百辺ほど繰り返し書かれていた。 外で、雨が降り始めていた。 無数の白い電燈が、ぼんやりと道を照らし、そこに秋雨が入りこんでいる。 その横にある、年季の入った安アパート。 そこが世界の家である。 ぼんやりした思いを抱えつつ、誠はその前に来ていた。 「伊藤、何しに来た?」 七海が、アパートの前にいる。刹那もいる。 「何って、世界のお見舞いだよ。」 「いまさら謝っても、許してくれないとは思うけどな。」 「・・・わかってるよ・・・。」 ゆっくりとアパートに入る。 整理されている世界の家。彼女の部屋は玄関からすぐ右手。 ノックをし、 「誠だ。あけてくれ。」 「帰ってよ・・・。」 「分かってる・・・昨日は俺が悪かった。世界の言葉に、つい腹を立ててしまって。」 「もういいよ・・・ホント、帰ってってば・・・あの、ホント、桂さんのところにでも、平沢さんのところにでも、好きなところ行きなよ・・・。」 「行けないよ・・・。俺は、世界が好きだから・・・。」 入れないのは理解していた。 ドア越しに会話を続ける。 「ただ・・・、」誠は、少し黙ってから、口を開いた。「俺にも、ずっと忘れられない気持ちがあるんだ。消したいとは思ってるんだよ・・・。その気持ち、わかってくれないか?」 「・・・わからないよ・・・。」 「忘れたいとは思ってる。でも、忘れられない・・・。」本当は忘れたくない。忘れるべきことなのに。「世界だけを見ていたいとは、思っているけど・・・。」 「・・・・・。」 あんなことをして、許してもらえないとは、分かっていた。でも、世界が一番好き、なはず。けれども、言葉や唯のことも、忘れられない。 「手土産、おいていくよ。ババロア。お前の好物なんだろ。世界の母さんと一緒に食べてくれ。」 手に提げてきた、おしゃれな黄色い鞄を一つおいて、誠は家を後にした。 世界は部屋を出て、玄関を見てみた。 そこには、誠が置いて行ったババロアの折詰がある。 帰りにデパートで買ってきたものと思われる。包装を破り、一つ食べてみた。 「・・・おいしい・・・。」 それでも、誠の手作りのババロアには、劣る気がした。 雨の中を去っていく誠を見ながら、刹那は呟くように言った。 「七海。」 「ん?」 刹那は、頭を少し下げて答える。 「私たちが桂さんや、平沢さんをマークするようになってから、伊藤、結構暗くなってる。」 「おいおい、伊藤は世界の彼氏なんだぜ。他の子に目移りするあいつが悪いんだろうが。」 刹那は、七海に直接答えず、 「これは私個人の意見だから、七海は七海のやり方でやればいい。 ただ私、思うんだ。 桂さんや平沢さんを力づくで遠ざけても、伊藤の心は乱れるだけ。世界も不幸になってしまう。 伊藤自身が、最終的には好きな人を一人決めなきゃいけない気がするんだ。」 七海も思案顔になる。 「とはいえ、あのカイショウナシじゃあねえ・・・。」 「それでも、伊藤の結論を待つしかないよ。」 「だけどよ、もし桂や平沢さんを選んだとしたら?」 「伊藤が世界ではなく、あの二人のどちらかを選ぶのなら、仕方がないよ。」 マンションの周りには、いくつもの曲がりくねった電燈が、雨に打たれながらも、ぎらつく光を照らしている。 誠はボーっとして蝙蝠傘の滴を落とし、マンションのエレベーターに乗った。 雨がよく降る。 泰介からも、最近暗くなったといわれるけど、それは満たされない思いがあるから。 でもそれは、満たしてはいけない。 しかし・・・そのことで、世界を深く傷つけてしまって・・・。 言葉・・・はともかく、平沢さんのことは、忘れた方がいいのではなかろうか、でも・・・。 「誠君!」 ぎょっとして顔を上げると、家の入口に言葉がいる。 「言葉・・・。」 「えへへへ、来ちゃいました。」 「どうして・・・。」 「教員室で、3組の名簿を見て、住所を調べて。」 ほほえみを浮かべながら言葉は答えた。 「誠君の家、お母さんの帰りが遅いんですか?」 「ああ。」 「うちと一緒です。うちも、帰りが遅かったり、帰ってこなかったり・・・。仕事ばっかりですよ。」 まさか自分の家に言葉が来るとは。 ひょっとしたら、何度も電話やメールをしているのに自分が応じないから、怒っているのかもしれない。 「あの・・・誠君?」 「何?」 「あがっていって、いいですか・・・?」 「え・・・?」 「誠君の家に、来たかったんです。」 「・・・。」 わざわざここまで来てくれたのに、追い返すわけにもいかなかった。電話やメールのことも、断れなかった自分がいけないのだから。 「・・・結構、部屋散らかってるけど、それでもいいなら。」 「いえ。・・・では、お邪魔します・・・。」 誠は母との二人暮らしだが、母が看護師の仕事で帰りが遅かったり、夜勤で帰ってこなかったりしている。 そのため、彼はほとんど独り暮らしに近い生活を送っていた。 どちらかと言うと整理整頓は苦手なほうだが、誰が来ても恥ずかしくないように、休日には必ず掃除をする。 「きれいなところですね・・・。」 リビングで古い黒いソファーに座り、言葉はつぶやく。 「言葉のおうちと比べられると、厳しいけどね。」 誠はティーバックで紅茶を作り、差し出した。 「はあ・・・おいしい。」 「ふつうのお茶だよ。」 「なんだか、思い出します。」言葉はふと、遠い目をする。「屋上で食べたご飯、三人で仲良くご飯食べて、三人で笑って、三人で話して・・・。」 世界の仲介で、言葉と知り合ったころ。 上手く話せない二人を世界がサポートし、何とか話を盛り上げていた。 言葉とすれ違うこともなく、世界とも関係を持たなかった頃の話である。 「あの頃はよかったね、何もなく・・・。」 「ねえ、私、レモネード持ってきたのを覚えていますか?」 「ああ、あれはおいしかったな。」 「はい、あの時のレモネード、すごく温かかったです・・。ほんとよかった・・・、最近、電話もメールも通じなくて・・・。ほんと怖かった・・・。」 誠は胸を焦がした。 世界の強引な口調があったとはいえ、流されるままに着信拒否にしてしまったこと。世界には悪いとは思うものの、自分自身、それでは不満だったのを引きずっていたこと。 やはり自分は、駄目だなと思った。 紅茶を一口飲むと、言葉は真顔で誠を見つめ、 「誠君、逃げてるから・・・。」 「逃げてる?」 「私が、やだって拒絶してから、ずっと・・・。だから、連れ戻しに来たんです。」 「連れ戻しに、来た・・・?」 言葉はそこで、顔を近づけ、 「誠君・・・私のこと、好きですか・・・?」 「へ?」誠はぽっと顔を赤らめた。「いや、ずいぶん単刀直入な・・・どうして、んなことを。」 「いいから答えて。」 真剣な言葉のまなざしに、誠はつぶやくように、 「・・・・好きだよ。でも、俺は・・・俺には・・・。」 言葉は、誠が次のセリフを言うのより早く、 「西園寺さんや、平沢さんとのことは許してあげます。」 「え・・・。」 「西園寺さんにされても、平沢さんに強引に引っ張られても・・・たとえあの二人が、誠君を返してくれなくても・・・。」 「そうじゃなくて・・・俺は・・・。」 「私も分かっています。西園寺さんや、平沢さんの気持ちも。二人を誠君が、気にしているということも。」 「言葉・・・。」 「だけど、私のほうがもっと好きですから。もっと、誠君になんでもしてあげられますから。・・・そのかわり、私のお願い、受け入れてくれますか?」 「お願い? 構わないけど。」 「その・・・あの・・・。」 言葉は、顔を真っ赤にして、手を組む。 と、突然、彼女がずいっと近づき、 「え・・・わ!」 気がつくと誠は、黒いソファーの上に押し倒されていた。 きゃしゃな体のどこに、こんな強い力があるのか。 「私の全て・・・受け入れてください。私もう、拒まないですから・・・怖がらないですから・・・。」 潤んだ目で言葉は、誠を見つめた。 「言葉・・・!?」 「だから・・・だから・・・」誠の肩をつかむ言葉の両手に、力が入る。「私と、本当の恋人になってください・・・。」 「言葉・・・。」 胸がドキドキする。思わず言葉の頬に、右手を当てる。 「誠君・・・。」 誠は火照った顔を自覚しつつ、目を閉じ、言葉に顔を近づける。 雨の降る音に木枯らしが加わり、ピオーと音がし始めた。 その時、金属がこすれあう音が、ガララ、ガチャッと鳴った。 誠はすぐに、母が帰ってきたものと察する。 その勘が正しい証拠に「誠―、帰ってるのー?」と、玄関から間延びした声。 「母さんだ!」 思わず自分の上に馬乗りになっている言葉を突き飛ばし、乱れた服を整えなおした。 言葉も顔を赤らめて彼から離れ、制服を着直す。 「誠、帰ってるなら返事しなさい・・・あら、お友達? 何という名前?」 リビングに母が、顔だけのぞかせる。 「あ、俺の友達の、」恋人、というには余りに恥ずかしかった。「桂言葉。しかし母さん、今日は早いな。」 「彼女です。」言葉が誠の声を遮るようにいい。「はじめまして、桂言葉です。勝手にお邪魔して申し訳ありません。」 頭を下げた。 「あらら、誠の母です。息子が大変お世話になってます。」 「はい。」 二人とも以心伝心で気が合うと感じたらしい。たがいに満面の笑顔を浮かべている。 ようやく誠も、心から頬が緩んだ。 「誠も隅におけないのね。」母はニヤニヤしながら、「今日は本部から助っ人が来てくれてね、婦長もお母さんを気遣ってくれて、早めに帰れたのよ。そうだ、せっかくだから言葉さん、何か食べていかない?」 「あ・・・。ありがとうございます。」 「母さん、俺も手伝おうか?」 誠が腰を浮かせるが、 「いいのいいの。いつも誠には自炊させて申し訳ないと思ってたから。言葉さんとおしゃべりしてなさい。」 母は、奥の台所へ急いだ。 再び、言葉と誠は2人きりになった。ソファーで隣り合わせに座っている。 「誠君・・・ありがとうございます。」 「え?」 「誠君の本音、聞けましたから・・・。でも、誠君、西園寺さんや平沢さんに誘惑されて、いまどうかしてます。」 「どう・・・なんだろうな・・・。」 正直、あの2人も好きなのである。 「やっぱり、勇気を出して来た甲斐はありました。」 言葉は携帯を取り出し、受信メールを開いた。 誠はこっそりと、彼女のメールを横から見る。 どうやら言葉は、この人の励ましでここに来たようであった。 送信者は、秋山澪。 知らない人である。 3人で夕食を済ませた後、言葉を車で送り、誠と母は、帰途へ着いた。 助手席に座っている誠は、下から上へと過ぎ去っていく電燈をぼんやりと眺める。 ワイパーが激しく動いている。 「それにしても、貴方も隅におけないわねえ。あんなかわいい子を彼女にしていたなんて。 きっといいお嫁さんになるわよ。言葉さん。」 車を運転している母が、あっけらかんとした表情で話しかけてきた。 「・・・彼女、というわけじゃ、ないんだ・・・。」 重い声で、誠は答えた。 「そうかなあ、仲よさそうだったんだけど・・・。」 「ち、違うんだ。」誠は首を振って、言った。「嫌いではないし、気になってはいるんだけど。」 「・・・どういうこと?」 「もともと俺が好きだったのは、違う人だったんだ。 だけど、2学期になってから、その人の紹介で、言葉と知り合った。言葉も嫌いではなかったし、もともと憧れていた子だったんだ。」 「そう・・・。」 「でも・・・でも、好きな人をあきらめることができなくて、その人のアタックを気が付いたら受け入れていて・・・。自分も、思いを告げていた。」 「でも・・・貴方は言葉さんも好きなんでしょ?」 「そうだよ・・・。けど・・・その人はそれ以上に好きな人でもあるし、けど・・・最近はそうでもないんだ・・・。」 母は妙な顔になった。要領を得ない答え方に戸惑っているのだろう。 「俺の気になる人は、もう1人いて・・・、」誠は左手にある川を見つめながら、別の人の話をする。「その人は桜ケ丘高校の人で、軽音部をやっているんだ。 少し前に、あの人に誘われて、一緒に登下校したり、喫茶店に行ったりしてた。 ちょっと天然だけど、すっごく笑顔が魅力的で、それにすごい癒されて・・・。 それは、さっき話した子や、言葉にはないもので・・・。 強引に誘われても気にしなくなったし、もっとそばにいてほしいと、思うようになっちゃって・・・。 最近なかなか会えなくなって、なんか俺、どうかしちゃったよ。」 「・・・・。」 「正直、だれが好きなのか、もう分からないんだ。 誰が俺にとっての『1番』なのか・・・・。」 しばらくお互いに、何も言わなかった。 母も、何も言えなかったのかもしれない。 車は、水かさの増した川を横切り、マンションやファミレスの林立する街並みを通過していく。 夜空には何もない。月も見えない。 「くわしいことは母さん、よくわからないけれど、」母がやっと口を開いた。「じっくり決めていけばいいんじゃないの? まだ貴方は子供なんだし。時間はたっぷりあるんだし。」 「でも、学祭まで、もうあまり時間がないから。」 「学祭にこだわらなくてもいいじゃない。貴方の思い通りにすればいいことよ。マイペースで、じっくり頭と心で考えて、3人の中から1人選べば。」 「マイペースか・・・・。そうだな・・・。」 ふと誠は、車のサイドブレーキの隣にある母のかばんに、1枚の写真があるのを見つけた。 「母さん、それは・・・。」 自分が幼いころに撮ったと思われる、家族4人の写真。 父と、母と、妹と、自分。 なぜか父の顔が見えないように、トリミングが施してある。 おもわずくっくっ笑って、 「親父の顔、わざわざ消したのか。」 「ええ・・・。」陰った表情で、母は答えた。「最近、また外で子を作ったって噂よ・・・。」 「そうか。・・・ま、今となってはどうでもいいけどな・・・・。」 「いたるは気になるけどね。」母は気丈な表情にもどし、「今も仕事の帰りに、お土産買ったりしてるけどね。いつも聞かれるわよ。『おにーちゃんはげんきー?』とか、『いつおにーちゃんのはんばーぐたべれるー?』とか。」 「ははは、頼りにされて、うれしいような大変なような。」 誠は笑いながらも、すぐに表情を曇らせ、 「なあ母さん・・・俺も、親父と同じなのかな。」 「え・・・?」 「俺もなんだかんだで、二股も三股もかけてる。言葉や、世界や、平沢さんを傷つけていて・・・。」 また、しばらく沈黙が流れた。 車は、誠のマンションの駐車場にたどりついていた。 タイヤが水たまりをけり上げる。 「・・・大丈夫、あなたはあの人と違って、相手を思いやれる優しい心があるから。」 そういわれると、胸がきりきりする気がした。 いままで、自分は父と同じだと思っていたから・・・。 「思いやれる、優しい心、ね・・・。」気がつくと目が熱くなり、鼻汁のグスグスいう音が聞こえていた。「あれだけ、人を傷つけているのに・・・・。でも、ありがとう、母さん。」 携帯の電話帳を開く。 「言葉・・・・。平沢さん・・・・。」 2人にかけていた、着信拒否を解除した。 秋の天気は変わりやすい。 その翌日、残暑とでもいうべき30℃の暑さと、快晴が戻ってきた。 「あ、マコちゃん!!」 唯は軽音部の部室で、高い声をあげた。思わず周りがそちらを向く。 唯の携帯に、誠からお詫びのメールが届いたのだ。 『平沢さん、メールの返事が遅れてすみません。 ちょっと携帯の調子が悪くてね。 俺は学祭の準備、頑張っています。 桜ケ丘のみんなや、平沢さんをしっかり出迎えたいし。』 「ばんざーい!! 嫌われていなかったんだ!」 両手をあげて喜ぶ唯。 そんな彼女を、澪は目を細め、ただし心の一部に妙なしこりを抱えながら見つめていた。 ふと、携帯から音のない振動が届く。メールが来たようだ。 開いてみる。 「桂・・・。伊藤に会えたのか。」 澪の表情が、和らいだ。 『秋山さんに励まされて、勇気百倍になりました。 誠君も、私のこと好きだって言ってくれて・・・。 私、もう一度やり直してみようと思います。そして学祭で、いい思い出を作りたいです。』 「桂・・。」 「でもよ、」横から律が首を突っ込んでくる、「西園寺って奴や、唯のことはそいつ、なんて言ってたんだ?」 「いや・・・何も言ってない。となると、伊藤が1番好きな奴って、分からないな・・・。」 唯は、その事には気にも留めず、 「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」 と三唱を繰り返す。 「澪先輩も、あの桂って人に会ってから、なんだか変わっちゃいましたね・・・。」 梓が横眼で見ながら、つぶやく。律はからかい半分に、 「桂って奴が結構、澪の好みに合ってるんだろう。 これも一種の『恋』なんだろうさ。 好きな人に尽くすのは悪くないと思うぜ。」 「恋っていうわけじゃないけどさ、というか私はレズじゃないぞ。」澪は律を小突きながら、「でも、何となくほっとけない、助けたいようなはかなさが、何となく感じられたんだ。」 澪はそう言うと、練習のためベースを取り出す。唯もやる気が戻り、ギターでドレミファソラシドと弾いている。 「ま、あんなところだな。黙って見守るしかないな。」 律は呆れて肩をすくめる。 「ですけどね、ひっじょーに込み入ったところに2人とも、入っている気がするんですよ。 正直もう、あいつらとは関わりたくないですよ! 伊藤って奴とも、桂って人とも、他のみんなとも!! どんどんややこしくなるばかりじゃないですか!!」 「・・・まあ、私たちはそれでもいいかもしれないけどね、 唯や澪はそうはいくまい。本気であいつらが気にかかるみたいだから。」ため息をつきながら、律は言った。「まあとりあえず、あたしらはあたしらで頑張ろうぜ。 ライブを済ませてさ、逆ナンパをしてさ、うちらにふさわしい彼氏を作ってさ、チェリーを卒業してさ、キャンプファイヤーで踊ってさ。 いい思い出を作ろうぜ。」 「そうね、学祭の後にはケーキバイキングもあるし。みんなでたくさん食べましょう。」 ムギもうなずく。 「ま、以前にも言ったよね。苦しみが人を成長させるって。私もできる限りあなたたちのサポートはするから、楽しんできなさい。」 さわ子も腕組みをしながら、穏やかに言った。 梓は一人、呟いた。 「もう地獄めぐりの気分・・・私たち、ただで帰れないかも・・・。」 そして、学祭の日・・・・・ 続く 今回のおまけ CROSS EPOCH ドラゴンボールとワンピースのコラボ漫画。 これはもう、『刮目して見よ!!』と言うしかない!
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