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下士の直訴 ~龍馬伝・土佐の大勝負~
大政奉還を実現するためには山内容堂が幕府に対して進言する必要があった。
後藤象二郎とのコネを利用して山内容堂に大政奉還を進言する龍馬。

無血革命を成功させるため、容堂の力が必要と説いた龍馬。
級友を殺した憎しみはあるが、母の‘憎しみからは何も生まれない’という遺言をかみしめたと説く龍馬。
むろん彼の気迫に押されたことは言えるだろう。

ともあれ、『幕府も藩もなく、あとは日本人のうち志あるものが日本を作る』という龍馬の構想を聞いて、いかなる気持であっただろうか。
『酔えば勤皇、醒めれば佐幕』と揶揄された容堂。
大殿としての地位を失う恐れもあっただろうし、下士の分際で自分に進言してきた龍馬に対する嫌悪感もあったはず。

にもかかわらず、大政奉還の文を書くに踏み切った理由は、やはり大殿としての自覚と、幕府に対する恨みがあったからだろうか。むろん、己の命も危険にさらされること、家が取りつぶしになる恐れはある思いはあったはず。
この時の容堂の気持ちは正直、僕は全く読めない。
人間これ複雑なるものが故の行動である。

僕らは永遠に、容堂の思いを読むことはできないのではあるまいか。

おそらく、容堂自身、下士の分際で自分に意見を言ってきた龍馬に対する嫌悪感はあったはずだ。
『大殿さまはわしの味方』と姉・乙女に豪語した龍馬だが、いかなるものであったか。

「龍馬の周りは敵ばかり」と言いきった乙女は見事であるし、この論は正論であったろうと思う。

実際には、容堂はこののち悠々自適の生活を送り、1872年、46歳の生涯を全うしている。
維新後は酒と女と作詩に明け暮れた豪勢な生活を送っていたこと、酔っていたときに『半平太、許せ』とつぶやいていたのは、下士の分際で自分に意見した龍馬のことや、世の中の急激な変化についていけなかったからだろうか。
『鯨海酔候』と自称した容堂には、そういう繊細さもあったのかも。


方や甥の後藤象二郎は、自由民権運動にも参加し、1897年に59歳の生涯を閉じる。
ただ、維新後になってからはしばしば政府の買収に応じていたという話であるが、どんなものであろう。
叔父甥そろって、その心理を読むことはできない。

とにもかくにも、龍馬暗殺まであと40日、最終回まであと2話・・・。

P.S. ごめん、何かこの物語の龍馬、どうしても好きになれなくて、敵役(岩崎弥太郎を含む)の方に感情移入してしまう。
やはり完璧すぎてどうも親しみがわかない。

その弥太郎は、夜な夜なビジネスの本をひそかに読み、藩の中の同志をを次々と集めていく。
やはり身分にこだわらず、実力で人を見る人間はほかにもいたんだ。
良かったじゃん、弥太郎。

今回のおまけ
またしても『青と赤編』。

らき☆すた 第4話『やる気の問題』


神八剣伝(しん はっけんでん) 第4話『コウ、運命を知る』


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テーマ:龍馬伝 - ジャンル:テレビ・ラジオ

【 2010/11/15 01:40 】

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