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ひとつの分岐点 ~ゴー宣・分析~
『権威よ、死ね!』というフレーズで始まったゴー宣に転機が訪れたのは、第4巻から。
この巻で小林氏はカリスマを自称し(あるいは請負い)、読者に進むべき道を示そうとします。
ゴーマニズム宣言・第4巻

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ドラマQ

これはひとつの分岐点であり、そして、大きな失敗の一つであったと思います。
どとーのカリスマ(旧ゴーマニズム宣言・第4巻)

理由のひとつは『自分がカリスマを自称することで、他の人の意見を受け入れられなくなっていったこと』
これより前は、「小林氏は徳永英明の歌にはまっているが、それは彼が軟弱だからだ(旧ゴー宣・1巻)」と言われても、

「ブラボー!その通り、わしは軟弱だ!!」
徳永英明(旧ゴーマニズム宣言・第1巻)

と言い切ることも出来た。
でもこれ以降は、批判されるとすぐに反撃し、否定するようになってしまっている。
多分それは『攻撃は最大の防御』から来るものだと思いますけれど。
『権威よ、死ね!』だけなら、「形骸化した権威よ、死ね!本当の権威は自分で見つけるんだ!!」で済むことも出来たんだけれど、今回自分が権威となってしまったことで、本当に『傲慢』になってしまった。
だから後々の人たちに『コヴァ教』と言われるようになってしまったと思うんです。

もうひとつは、『自分の弱いところに目を向けなくなってしまったこと。』
第3巻で描かれたてんかん障害者の差別に関しても、自分の昔のエピソードを上げて、

『わしは天才だが卑劣だ!!なぜならわしもてんかん障害者を差別していたからだ!』
癲癇少女との話(旧ゴーマニズム宣言・第3巻)

といいきる。
自分の罪や弱さにしっかりと目を向けていたことも、若者をひきつけたんだと思います。
今回カリスマを自称し、『わしは単なる天才じゃない、神だ!!』と、大言壮語が多くなったことで、
『一気に白けて読まなくなった』人もいたそう。
カリスマを引き受けた意味はもうひとつあると思います。
というのは、カリスマを引き受けた話の中で、こんなくだりがあるから。

パロディ

これは言い換えると
;">『70年代生まれの読者はゴー宣を、「小林氏を主人公としたギャグ漫画」としてみているが、80年代生まれは、「小林氏の考えを示した思想書」としてとっているようだ。』
と言うことだと思います。
そしてこれからは「新世代のために、この漫画は思想書を目指す」という決意の現われだったんだと思うのですね。
思想書としてはどうでしょう。
柳美里氏に言わせると、『言論猿』なんですけれど、それでも「わかりやすく、面白い」からこそ、多くの人をひきつけ、感化して言ったんだと思いますね。
『わかりやすさ・面白さ』はもはや現代でも武器だ、というのが教訓でしょう。(うちの家族や研究の相方も、『朝日より産経の方がわかりやすく、面白い』と言っていたけど。)


各論
漫画評論家・呉智英
呉智英

漫画評論家にして日本マンガ学会会長・呉智英氏がこの巻では特集され、この後のゴー宣でもしばしば登場します。
小林氏の作品『東大一直線』『おぼっちゃまくん』は『人々の一般的イメージを打破する作品』と高く評価する人物です。
なるほど、東大受験生にしても御曹司にしても、なんとなくきれいな顔立ちのイメージがあるけれど、
この2つの漫画の主人公・東大通と御坊茶魔は

東大通(東大一直線の主人公)     御坊茶魔(おぼっちゃまくんの主人公)
成る程、イメージを打破するわけだ。

同じ品のない漫画でも、クレヨンしんちゃんのほうは、呉氏はこんな辛らつな評価。
「なんであんな作品に人気があるのかさっぱり判らない」
「あの作品に人気がある事にイライラさせられている」

・・・違いは何でしょう?


部落差別問題

『差別感情は人間の喜怒哀楽と同じく、感情としてある』と小森義邦衆院議員(当時)に主張する小林氏。
ここまで理屈っぽくなってくると多少他の人から意見を借りているように思えなくもないな。
もともと彼、学者じゃないし。
差別感情

ともあれ、第1巻などで、自分の経験をあげつつ、わかりやすく部落差別を行う姿は見事と言うべきか。
それはおそらく、漫画という手段を生かしているからだと思いますね。
少なくとも当時は。


今回のおまけ

おぼっちゃまくん『1年3組茶魔先生』
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テーマ:小林よしのり - ジャンル:アニメ・コミック

【 2008/12/20 23:28 】

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