けいおん!×SchoolDaysクロスオーバー小説第14弾。
前回はけいおんサイドから物語の雑感を述べたので、 今回はSchool Daysからの視点でこの物語の雑感を語ることにします。 今回の物語の展開で、一番のスクイズサイドのキーパーソンはだれか・・・となると、 やっぱり伊藤誠になるのかな。 「誠死ね」と言われたTV版とは全然違う性格になってしまったけど(読者からもさんざ言われた)、僕はこれでよかったと思っています。 もともと『父親の血筋を乗り越えて成長する』というストーリースペックが、書き始める前の段階から決まっていたわけだし。 (父を登場させるかどうかは直前まで迷ったけど) また今回は、平沢唯との恋仲を中心に動くので、唯とうまく行動や性格を対比させたいと思っていました。 この14話で誠が父に殴りかかるシーンがあるんだけど、 これは唯が妹に平手打ちを喰らわせるシーンと対になっているんですね。 それから唯のセリフ『妹のしたこと』と誠のセリフ『親父のしようとしていること』も。 ともあれ、上手く表現できなかったことが悔いを残していたりします。 性格に関しても唯と対になるようにしていて、『明るい唯』と『情緒不安定な誠』、『動の唯』と『静の誠』というように設定したつもりです。 また妹の面倒をよく見たり(唯は妹の世話になってばかりいる)、将来を気にしたり、部屋に気を配ったりと唯より大人っぽい一方、 少々ふさぎがちで昂りやすかったりと、未熟な一面もある。 とにかく『等身大の少年』として描いたつもりです。 彼の変化が、少しずつ起きてきているようにしたつもりですが・・・どうでしょう。 (ちなみに澪も言葉と会う前は意気地無しだったけど、 言葉と彼女の事情を知ってからは別人のように強くなっている。 千と千尋の千尋に似ている気もするけど、段階がないからちょっとそのあたりはまずいのかなとも思ったり。) ちなみに某ドラマのパロディーで 「僕は死にましぇん!」 というセリフをどこかに入れる予定だったんだけど、タイミングがなかった。 ちょっと残念。 さあ、この小説もいよいよクライマックス! 拙いですが後2話、どうかご付き合いのほどをよろしくお願いします。 本文は追記で。 **************************** ![]() ![]() にほんブログ村 ![]() ![]() ドラマQ 第14話:唯誠 「・・・く・・・!」 誠は手すりをしっかりつかみながら、足の痛みに耐える。 とっさにつかんだので、階段から8段下に転がり落ちるのだけは免れた。 しかし、その拍子に右足首をねん挫してしまう。 何とか姿勢を直し、足を痛めない形で座り込む。 野次馬もそのことに気づいているようだ。 「大丈夫ですか?」 通りかかった人たちが何人か、気にかけて周りに寄ってきていた。 「いえ、大丈夫です・・・。」 周りに心配かけないようにと、誠は手すりを使って立ち上がり、よろよろしながら階段上のところに行く。 と、その時、 「あのう・・・伊藤さん・・・ですよね・・・。」 野次馬をかき分け、一人の少女が湿布薬を持ってやってきた。 金髪で、やや垂れ目。桜ケ丘生徒の格好をして、眉がたくあんのように太い。 「ええ、そうですけど・・・。」 「私は、琴吹紬と言います。 沢越止を調べているうちに、息子の1人に貴方がいると知りまして・・・。 今回沢越止を捕えるために、SPを出したのは私と、父の会社です。」 誠はムギの顔を見て、頭の中で引っかかっていた記憶を引き出し、 「・・・もしかして、唯ちゃんや田井中さんの言ってた、ムギさんですか?」 「ええ。」 「それにしても、ずいぶん用意がいいんですね・・・。俺も正直、親父を何とか止めたいと思ってたんだけど。」 「まあ、大がかりのほうがいいですしね。」ムギは話題を変えて、「実は、SPの待合室にいた唯ちゃんがいなくなってしまって・・・。伊藤さんなら知っていると思うのですが。どこにいるかご存知ですか?」 「唯ちゃんが!?」 誠は小声で驚きの声を漏らす。 「ええ、ちょっと目を離したスキにいなくなったそうで・・・。ひょっとしたら、沢越止に襲われているかもしれなくて・・・。」 「実は俺も、唯ちゃんとはぐれてしまって・・・。SPが引き離しちゃったこともあるけど。」 「そうですか・・・。」 深刻な表情になるムギを見て、誠は奥歯をかみしめる。 すっかり不安と、父親への怒りでいっぱいになってしまっていた。 「親父・・・・俺を殺そうとしやがった・・・。」 思わず口から、自分でも驚くようなドス声が出てしまっていた。 「え・・・。」 「実は、親父の奴に、階段から落とされそうになって。 とりあえず手すりを用いて、助かったんだけど・・・。」 「・・・伊藤さん・・・・。」 ムギの憐れみの目を受ける。 ありがたいような、辛いような、そういう思いを背負いつつ、誠がとりあえず携帯を取り出すと、着信メッセージが残っている。 唯からだった。 『マコちゃん、今どこ? こちらは3年4組の教室を出たとこ。今すぐ会いたいよ!』 「唯ちゃん・・・。」 ムギはそれを横で聞きながら、 「着信があってから、そんなに経ってないみたいですね。無事だといいんだけど・・・。」 「心当たり、あります?」 「考えられるのは、休憩室ですね。とは言ってもたくさんあるし、どこにいるのやら。 利用されやすいところだから、部屋の全てをSPが2人1組で監視して、大丈夫だとは思うんですけれど・・・。」 「そうですか。見落としがなければいいのですが・・・。」 「あ、動かないで。」 ムギは誠の靴と靴下を脱がせ、赤く腫れた右足首に湿布を貼ってやる。 ひんやりした感触とともに、痛みが薄れていった。 「・・・とりあえず、これでなんとか歩けそうです。フォークダンスは無理だろうけど。ありがとう。」 「いえいえ、当然のことです。」 物腰の柔らかいムギの横で、再び彼は立ち上がった。 出発しようとすると、 「あれ、伊藤じゃねえか。それにムギさんも。」 急に声がする。 2人ともそちらを向くと、野次馬の中で七海が、長身の彼氏の腕を組んで立っている。 「甘露寺さん・・・。そちらは彼氏ですか・・・?」 「ま、まあね・・・。昨日はデートしそびれちゃったんで、今度こそと思ったんだけど・・・。」 笑う七海に、ムギは肩を震わせ、 「なんで・・・なんで私や貴方を慕う皆さんにあんなことをさせて、自分はのうのうとデートなんかしてるんですか・・・!?」 潤んだ声で空笑いしながら、自分より背の高い七海に詰め寄った。 彼女はバツが悪そうに、 「ああ、そこは、まあ、悪かったと思ってますから・・・。一段落したら、ラーメンでも何でもおごってあげますから・・・はは・・・。」 「おごれば済むという問題じゃありません!」ムギの目には、涙が光っている。「私・・・本当にあなたにあこがれていたのに・・・どうしてこんなことをするんですか!!」 「ああ、ああ・・・。」 七海は何も言えなくなる。 この2人に何があったのか、誠は全然わからなかったが、 「とりあえず、」誠が慌てる七海に、「桜ケ丘の平沢唯ちゃんがどこにいるか、甘露寺、知ってるか? ・・・わけないよな。」 「平沢さんだよね。そういえば見たな。」 「何だって!?」 「3階の廊下に出ていたのを見かけたよ。あんたを探していたようだった。」 「そうだ! 甘露寺さん、彼氏といるってことは・・・!」ムギは再び七海の肩をつかみ、「一体どこで休憩を取っていたんですか!?」 「え、あー・・・・。」彼女は頬を染めて、恥ずかしげに「3年2組の休憩室・・・。」 「! たしか・・・!!」 ムギはぱらぱらとSPの資料をめくる。 休憩所のある場所について調べているのだが、3年2組の休憩室だけが載っていない。 おそらく見落としがあったんだろう。 「しまった・・・!! SPが多分、見落としたんだわ・・・!!」 「じゃあもしかして、そこに親父と唯ちゃんが・・・!!」 「急ぎましょう。」 ムギと誠は、野次馬をかき分けて走り出そうとする。 「待て伊藤!」 その時、七海が彼の腕をつかむ。 「悪い、いまそれどころじゃねえんだ!」 「大事な話だっ!!」声を張り上げて七海は怒鳴った。「世界はどうした? あんた、世界の彼氏じゃなかったのかよ!!」 「は・・・?」 誠は思わず、足を止めてしまう。 「世界自身は、平沢さんにあんたを譲るって言ってたけど・・・。 あんた、世界に何かしなかったのか!? それで世界が弱気になったんじゃねえのか!?」 「違うよ!! ただ・・・。」今は固まった世界への思いを、彼は七海に対して、打ち明けていた。「世界とは・・・所詮、友達でしかなかったんだ・・・。 今まで付き合ってたけど、やっぱり喧嘩することが多くて、心の底から好きになれなかった。 好きだけど、好きじゃないんだ。」 「・・・本当かい・・・。」 七海の真剣な声に、彼は多少、後ろめたい気持ちになりながら、彼女の手をほどいた。 「・・・ああ・・・。」 それを聞いて、半分呆れ気味の表情で、七海は目をつむる。 「伊藤さん、早くしてください!! SPの人たちも、3年2組の休憩室をなんとしても探して!!」 今度はムギが、誠に対して声を上げる。トランシーバーを取り出してSPに連絡しつつ。 急いでムギの後を、誠は追った。 走ろうとするが、一歩一歩進むたびに右足が痛み出し、思い通りに進めない。 「ムギさん、甘露寺と何かあったんですよね? 世界がムギさんのことを気にしてましたし。」 「あ・・・気にしないでください。こちらの問題なんで。」 声をかけるが、はぐらかされてしまう。 「伊藤の奴・・・。」 後に残った七海は、世界を案じつつ、呟いた。 集まった野次馬も、蜘蛛の子を散らすように去って行った。 ブシュウウウウウッ!! 校庭で騒がしく人々の話が聞こえるなか、コーラの噴く音が空気をつんざく。 「ほれ、見事な暴発だろ。」 500mlのペットボトルから、噴水のごとく勢いよく噴き出るコーラを見て、律はやったとばかりに胸を張る。 「・・・まあ、昔聞いたことがあります。メントスをコーラに入れると暴発するって。」 他の女子生徒達も、唖然としながら律の相手をしている。 周りはけげんな顔をしながら、横を通り過ぎていく。 「って、んなことしている暇ないだろ!!」 リーダーと思しき人が、あわてて声をかけてくる。 「待て待て、まだまだ隠し芸はあるんだぜ。ほら、マギー審司よろしくビッグイアもあるしー、それから・・・。」 「さっきから私達の邪魔ばかりしているけど、もしかして貴方も、桂や秋山さんの味方なんですか!?」 ぐいっとリーダーが進み出て、血走った目で律を睨む。 律は苦笑いしながら、 「いやあね、友達っていうか、腐れ縁っていうかね・・・ほっとけない仲というかね、あははは・・・。」 「まさか、あなたも邪魔をするっていうのなら・・・どうなるかわかってますね・・・。」 「いや・・・それは・・・・はは・・・。」 律の笑顔が、だんだんとひきつり始めた。 やベえやベえ、このままだと大変だ。 そう思っている時、 「待って。」抑揚のない、飄々とした声。「七海は、どこにいるの?」 刹那が無表情で、中に入ってきた。 「清浦!」 「貴方確か、1年3組の学級委員の清浦さん・・・。」 グループの1人が、まばたきをする。 「まあね。」刹那は感情のない声で、「七海、たぶん1日目は彼氏とデートしそこねたから、2日目は遊んでると思うけどな。七海の監視のない中で、貴方達が懸命になる理由って、ある?」 「あー・・・。」 生徒の一部が、顎に手を当てて考え始めた。 うまいところついてくるな、と思いつつ、律は校門の入り口を見る。 世界が、何かを考えているような表情で、うつむいている。 「西園寺・・・・。」 一方の刹那は、強い視線で七海一派を見つめているが、 「いやあ・・・七海さまは顧問にも信用されていてさ、レギュラー選びの権限持ってるって話だし、逆らったら私達・・・。」 言い返されてしまっている。 「って、そういう問題じゃないだろ。」続いて一派のリーダーが怒鳴る。「とにかく、この人も貴方も、さっきから私達の邪魔ばかりしているけど、桂や秋山さんの味方なのか!?」 食いしばった歯の間から、しゃべっていた。 「やべえやべえ・・・。」 律が尿意を催すほど怖気づいていると、メールが届いたという携帯振動がくる。 こそこそとその中身を見て、彼女はさらに青ざめた。 「唯の行方が分からなくなった・・・。沢越止にやられたらどうなるんだよ・・・!! 伊藤も何やってるんだよ・・・!!」 思わずとんとんと足をふみならしていた。 「うーん、別に味方と言うわけではないけれど・・・。ただ、七海がいないのに、貴方達が一生懸命になる必要はないのではと思っただけ。」 一方で刹那は、飄々と答える一方、小声で律にもアドバイスを出していた。 「慌てて行っても、平沢さんの居場所は分からないでしょ? 私達は私達で、今ここに集中しましょうよ。」 「でも・・・もし唯が襲われちまったら、どうするんだよ・・・。」 律は冷や汗が出そうになりながら、小声で答える。 「伊藤や他のみんなに、期待するしかないよ。」 押し倒され、思い通りに動けないまま、唯は制服のボタンを外されていく。 「嫌! 嫌!!・・・うっ、また・・・!!」 暴れ出すと、再び体に、痛みとしびれが走る。 「大人しくしてもらおうか。声を出されると困るのでな。」 動けなくなった唯を、再び止はひんむき始める。 至る所に防音用の壁が置かれ、誰も来ないように思えた。 「やめろーーーーーーーーーーっ!!」 急に、大きな声。 思わず反応する2人。 突然入口から飛び出したのは、誠だった。 バキッ!! そちらを向いた止の頬を、誠は思いっきり殴っていた。 それでも怒りの思いと、息苦しさがおさまらなかった。 止はベッドからはじき出されて倒れ、薄暗い床を転がる。 そのポケットから、黒いリモコンのような装置が落ちた。 スタンガンだ。 おそらくこれで、SPや唯を怯ませていたんだろう。 「これは、スタンガン。貴方・・・!」 後からやってきたムギがそれを拾い上げ、怒りの目で止を見る。 続いて来たSP2人が、気を失っている憂と、ベッドの唯を保護する。 そのどたどたした音で、憂は目を覚ました。 誠の視界に、Yシャツ姿の唯が一瞬、見えた。 白いベッドで横になったまま、体を押さえて震えている。 それを見てさらに誠の怒りが、胃から頭へと這い上がり、倒れている止の胸ぐらをつかみ、拳を振り上げた。 「・・・お前か・・・。」 止は不敵な笑みを浮かべ、ため息をつく。 「親父・・・・!!」誠は奥歯をくいしばり、その間から「よくも唯ちゃんを・・・! そして、俺を殺そうとしやがったな・・・!! 人でなしが・・・!!!」 ヒューッ、ヒューッと息をしながら、喘ぐように言う。 上着を脱がされ、Yシャツの第1、第2ボタンが外されている唯は、横にうずくまったまま体を押さえて震えている。 「いつもそうやって、母さん以外の女に手を出しやがって! 床上手かどうか知らないけど、母さんをどれだけ傷つけたか、分かってるのか!? そして、唯ちゃんにまで・・・!!!」 「何を言っている! お前も同じだろ!!」 ハッと彼は胸をつかれ、それを振り切ろうとして止の顔面を殴る。 それでも、ナメクジのようにずるずると止の声が頭に残る。 「あんたと俺は違う!!」 休憩室に、誠の怒鳴り声が響き渡った。 止は頬を押さえながら、 「同じだよ。萌子から聞いたぞ。 桂言葉と付き合っていながら、西園寺世界とも関係をもったんだってな。 そして今は、この子に対して躍起になっている。」 再び胸をつかれる誠。 世界、言葉、そして唯の顔がかわるがわる浮かぶ。 「伊藤さん、この人の言うことに耳を傾ける必要はありません。 気にしなくていいんです! 貴方は沢越止とは違います!!」 ムギの言葉も、全く耳に入らなかった。 「所詮俺の血かねえ。」 「・・・・!!」 バキッ!! また誠は、我を忘れた。 勝ち誇る止に対し、横っ面に拳をぶつけた。 「な・・・殴る必要、ないじゃないですか。現に伊藤さん、唯ちゃん気遣ってくれてるし・・・。認めなくていいんですよ。」 さらに焦りながら、ムギはフォローを入れてくる。 が、誠は拳を下ろして、深呼吸をする。 そして筋が弛緩したかのように腕を垂らして、気持ちを落ち着けると、しっかり、そしてきっぱりと答えた。 「認める。確かに俺は、ずっと隠れて皆と付き合ってた。 世界も言葉も、そして唯ちゃんも好きだったから。 あいまいな態度のまま、みんな失いたくなくて、みんなと付き合っていた。」 その途端、誠の気持ちは重くなった。 自分のはっきりしない態度で、どれだけ世界や言葉や唯を傷つけてきたか、胸がキュッと鳴る思いがした。 「だったら!」 せせら笑う止を彼は制し、 「今までの俺が、弱くてふらふらしていたから。 みんな好きだったから、流されるままにこの関係を続けていた。 でも・・・もうこれ以上、このままではいられないって、いつも思ってたんだ!! あんたと俺は違うから!!」 「なら、自分の好きな人を言ってみなよ、今ここでさ!!」 止は片方の眉をあげて、彼をなじる。 「!!」 誠は再び、胸をつかれた。 いつも悩んでいた答え。 今まで、いくら悩んでも出せなかった答え。 「俺が本当に好きなのは・・・・」 だが・・・。 なぜか今は、その答えが単純な気がしていた。 しかも、答えは1つしか、思い浮かばなかった。 「・・・言葉だよっ!!」 止も、唯も、ムギも、一瞬、あっけにとられた・・・。 沈黙が、しばらく流れた。 「あ、言っちゃった・・・。」 誠は、自分で自分に驚いていた。 今までずっと、答えられない質問だったのに。 わからない。 なぜこんなに分かりやすく。かつ自分の気持ちが透明に見えたのか。 大嫌いな父親の前だから、出てしまったのだろうか。 「・・・ふん、ならば俺が唯に手を出すのを、あんだけムキになって止めることはなかったんじゃないのか。」 止は毒づく。 「あんたは・・・したいだけだろ・・・。今までも母さんをほおっておいて、沢山の女の人に手を出して、子を作らせて・・・!! あんたなんかに、唯ちゃんを汚させはしたくなかった・・・!!」 目をそらさず、誠は止の目を睨んだ。 「・・・自分のあいまいな態度で世界や唯ちゃん、もちろん言葉だって傷つけたのは申し訳ないと思ってる。」誠は続ける。「でもそれは、みんな好きだったからなんだ。 それでどちらとも選べなくなって、ずるずるずるずる今まで関係を続けてきたんだけど。 それではいけないとわかっていながら。 唯ちゃん、ほんと、謝る。」 誠は震えている唯に向って、頭を下げた。 唯は、聞いているのかいないのか、潤んだ目で彼をちらりと見た。 SPが出てきて、 「伊藤さん、もういいでしょう。」 そっと肩をたたく。 ごつい体格の割に、口調は礼儀正しい。 誠の手をどけ、顔を上げた止の手に手錠をかけた。 続いてムギがやってきて、逮捕状を見せながら、 「貴方を、警察に連行します。」 「・・・まさか、逮捕されるとはな。俺にはコネがあるんだがね。」 「そうはいきません。私の会社の重役にまで手を出して。 幸い、父がじかに警察庁に出向いたら、すぐ逮捕状を出してくれましたよ。」 ムギは無表情だが、声に憤りがこもっているのを、周りはすぐにとる。 「まさかそんなコネがあるなんて、思ってもみなかったけどよ。」 止は脱力して、手錠がかけられた腕を下ろす。 誠の怒りが冷め、右足の痛みが急にひどくなり、立っていられず、誠はベッドの上に腰かけた。 ちょうど唯の隣。彼女が寄ってきている。 気になって見ると、唯は悲しさと安堵が入り混じったような顔をしている。 服も乱れたままだ。 そばに、無理やり脱がされた紺色の上着が、ひしゃげている。 校庭。 律・刹那と七海一派がぎゃあぎゃあ争っていたころ、世界は一人、自分のしたことに関して考えていた。 元々は自分から桂さんに近づき、誠と親しくなりたいという思いで誠を紹介した。 それがちょっとした偶然から、彼と関係を持ち、本当の気持ちを押さえられなくなってしまった。 ちょっとしたボタンの掛け違いではあったんだけど、それで桂さんに誠を譲れなくなってしまって・・・。 でも、全てのほとぼりが冷めた今、思う。 それでよかったのだろうか。 あの時、桂さんとけんかした時も、自分は感情的で理不尽なことを言っていた。 誠を譲りたくなくて。 でも、誠自身は・・・。 自分が彼を独占しようとすると、怒ってしまった。 そこまで考えた後、もう一度、校庭のほうを見た。 そこでは、田井中さんと自分の親友が、七海の配下の人間を止めようと話しこんでいるようだ。 田井中さんは自分をかばってくれたけど、同時に桂さんのことも助けようと思っている。 自分は・・・。 誠が平沢さんとキスしたことに、つい怒って彼に手をあげてしまった。 でも結局、平沢さんにかなわないと思い、彼女に譲ることにした。 とどのつまり、結局桂さんには冷たくしたまま。 でもそれで、よいのだろうか。 ・・・・ 律と刹那が皆を止めている間。 壊れた言葉を何とかしようと、澪は彼女を強く抱きしめたまま、心のうちで頭を抱えていた。 するとメールが届く。 ムギからだった。 「唯がいなくなった・・・? よりにもよってこんなときに・・・!!」 思わずがたがた震えてしまう。 でも・・・・。 中途半端なところで、作業を中断していいのだろうか。 言葉だって壊れていると言うのに。 どうにかしなければ。 外でガヤガヤと声が聞こえる。 七海の配下が、何やら自分達のことでさわいでいるようだ。 「頼む、律・・・! ムギも梓もなんとか唯を見つけてくれよぉ・・・。」 呟く澪。 切羽詰まった挙句、やぶれかぶれになり、言葉のポケットを見る。 人のを勝手にみるのは常識外れとも思った。 が、今はそれどころじゃない。 言葉のポケットを探ると、純白の携帯がある。 伊藤から連絡はないものかと思って、思わず取り出した。 カラーン。 「!」 すると、一緒に手製のブローチと指輪が床に落ちる。 「これ・・・ひょっとして、伊藤が渡した・・・。」 見る限り、七宝焼きで作った代物だが、非常に光り輝いて、形も整っている。 おそらく、最上級のものを彼女に渡したんだろう。 「伊藤・・・きっと、桂が本命なんだよな・・・・。そうでないとな・・・。ははは・・・。」 思わず澪は呟き、ついでに携帯を見てみる。 幸い、留守番着信と新着メールが届いていた。 誠のだ。 思わずメールを開いてしまう。 それを見て・・・・安堵の表情になる。 それから言葉の耳元に、囁くように言う。 「桂! 伊藤からメールが来てる。見てごらん。」 澪は言葉の耳元で、囁くように手紙の内容を読んだ。 「『言葉へ まず最初に、ごめんなさい。 ずいぶん迷惑をかけてしまった。 本当は俺、言葉のことが好きなんだ。 つい世界や唯ちゃんに迷ったりしたけれど・・・。 考えてみれば、最初につき合ってたのはお前だったね。 その責任をきちんと取らなければいけなかった。 言葉は、俺が隠れて世界と付き合ってた時でも、唯ちゃんとキスした時でも、変わらずに俺のことだけをずっと見てきたんだよね。 愛想を尽かさず、いたるがピンチの時でも助けてくれていたよね。 俺、すっかり忘れていた。 お前にここまで思われていることに。 本当にすまなかった。 でも今、親父は唯ちゃんを狙っている。 唯ちゃんのことが一番好きというわけじゃないけれど、親父が絡んでいる以上、ほおっておけないんだ。 だから、今は言葉と付き合えない。 許してくれ。 もし言葉が俺のことを好きならば、全てが終わってひと段落したら、俺と付き合いなおしてほしい。 でも、もし言葉が、唯ちゃんを気にしている俺が嫌だったり、俺に愛想を尽かしているなら、無理をすることはない。 俺とは別れてかまわないよ。』」 見やすいようにデコメがいたる所にちりばめられた、派手なデザインである。 「な・・・。伊藤が一番好きなのは、唯ではなくて貴方なんだよ。」澪は続ける。「ほら、わかるだろ。伊藤は貴方のことが好きなんだよ。唯よりも好きなんだ。 ここで頑張れば、桂、伊藤の彼女になれるんだぜ。 だから、戻ってきてくれよ! な・・・!」 抱きしめたまま、背をぽんぽんと叩いて、澪は震える声で言った。 そして、ぎゅっと腕を締めつける。 くっつき魔の唯を笑えないな、と一瞬思った。 そのまま、一刻経つ。 ふと、言葉の体が、急に暖かくなったように思えた。 「秋山・・・さん・・・秋山さん・・・?」 言葉の、蚊の鳴くような声。 ようやく彼女が、我にかえったようだ。 「桂・・・今の話、聞いてたか? 伊藤は唯より、貴方のことが好きだって、メールに書いてあったんだ。」 澪の話を聞いているのかはわからないが、再び言葉は、自分の携帯に届いた誠のメールを黙読する。 「誠君・・・。やっぱり、私のことが好きだったんですね・・・。」 言葉は、ギュッと白い携帯を抱きしめた。 澪は、とりあえず安堵の息をつく。 ふと急に、唯の泣き顔が浮かんだ。 「そうだ、唯は!?」 思いついたように澪は、唯に電話をしようと携帯を取り出す。 その一瞬、唯に本当のことを言ったらいいのかどうか、ちょっと迷った。 その時だった。 どさどさと七海一派が入ってきて、 「おまえら、悪いけどここから出すわけにはいかないなあ。」 8人ほどやってきて、周りを取り囲んでしまう。 遅れて律と刹那が、追うようにしてやってくる。 七海配下の合間から、律と刹那はちらちらと2人を見ている。 「あ・・・貴方達・・・!」 呆れと混乱のこもった声を出す澪に対し、 「すまねえ澪!! 止められなかった!!」 「学級委員の私と部外者の田井中さんの力じゃ、止められるのはここまでみたい・・・。」 謝る律と、愚痴をこぼす刹那。 「さて、ヤキいれてやりますか。」 血走った目で迫るリーダーに、澪は後ずさりして、思わず尻もちをついてしまう。 その時であった。 「待って!!」 甲高い大声が、体育館の中に響く。 入口の方からだ。 そちらを向くと、世界が真顔で、戸をつかみつつ立っていた。 「みんな! もういい!! やめてくれる!?」 世界は、律と刹那を通り過ぎ、七海配下に向かって仁王立ちになった。 「あれ、」榊野の女子生徒は口々に「君、1年3組の西園寺だよね。七海が言ってた。」 「私のこと、知ってるんだ・・・。」世界は戸惑いながらも、「まあとにかく、もうこれ以上、桂さんに手を出さないで! 桂さんは私の友人だから・・・。」 「ほう・・・。」 横で律は、感心のため息を上げた。 「は? 七海さんの話では、桂は貴方と彼氏を争ってるって聞いていたけど。」 「あ、それはちょっと前・・・。でも、今は桂さんに譲ることにしたの。七海は私のためにこんなことをやってるんでしょ? 私の頼みの方が七海の頼みより優先。ね、頼むから。」 柏手を打って、世界は懇願した。 「世界・・・。」 「ほう・・・。」 刹那は面食らった表情で、律はそう来たかという顔立ちで、その様子を見ていた。 言葉を襲おうとした生徒達は、また皆で相談を始めた。 「どうする?」 「かといって、七海さまに相談なしでは・・・。」 「あ、でも、一連の首謀者は西園寺さんだって聞いたし。甘露寺さんは西園寺さんの意向を受けて・・。」 「一応謝って、手を引いておくか。引こう。」 やがて皆、ごめんねといいつつ、そそくさと立ち去ってしまった。 「ちょっと待ちなよ。甘露寺さんの意向を聞かなくちゃあ。」 リーダーはあわてて、その後を追う。 冷めた視線で、律・世界・刹那はそれを見送る。 「マコちゃーーーーーーーーーーーん!! 怖かったよーーーーーーーーーーーー!!!」 いきなり唯が、ベッドの上で泣きながら誠に抱きついてきた。 「あ、ちょっと、唯ちゃん・・・。」 誠はどぎまぎする。 それでも思わず、胸の中の唯の背に、腕を通していた。 今まで、何度も感じられた暖かさ。 唯の頬を伝わる涙が、誠のスーツをぬらす。 それでも、こんなヘタレな自分を愛してくれて、嬉しかった。 自分が、言葉だけでなくこの子を愛したことも、間違っていなかったような気がした。 同時に、胃が重苦しくなってくる。 これから自分も辛いこと、でも言わなければいけないことを言う必要があるのだから。 その中で、憂の暗い表情と視線がジンジン感じられたのが気になったが。 ムギは2人と憂を、興味深げにかわるがわる見た後、 「じゃあ私、沢越止を連行しますので。」 休憩所からムギは、止とSPたちと一緒に去って行った。 唯を誠と2人きりにした方がいいと思ったからだった。 「あ、もしもし・・・誰です? ・・・え、HTTファンクラブに入りたい人がいる?」 小さくムギの声が、聞こえた。 SP達が去ったあとで、唯と誠、そして憂は3人だけになった。 「伊藤君、お姉ちゃん・・・。」 憂の声は低い。表情もどんよりしている。 不気味に、沈黙が流れた・・・。 「・・・憂。ちょっと場を離れてくれる? マコちゃんと、2人で話がしたいから・・・。」 唯が誠に抱きついたまま、憂に声をかけた。 「・・・でも、お姉ちゃん、沢越止に襲われてショックだと思うし・・・。」 憂の表情は、浮かない。 「大丈夫だよ。マコちゃんと2人でいれば、心が落ち着くし。」 するとムギが踵を返して戻って来て、ぐっと強く憂の腕をつかむ。 「今は2人きりで、話をさせてあげましょう。」 「でも・・・・。」 「あとはもう、2人の思いにゆだねるべきよ。大丈夫。伊藤さんは悪い人じゃないし。唯ちゃんも、私達より伊藤さんといた方が落ち着くみたいだし。まかせましょうよ・・・。」 憂は暗い顔でうなずくと、ムギと一緒に休憩所を離れていった。 ガヤガヤと、外は相変わらず話し声が聞こえている。 外側のにぎやかさとは対照的に、体育館では静かな時間が流れていた。 七海一派は、まだ戻らないようだ。 ムギからメールが届き、澪達は、止が逮捕されたことを知った。 ようやく皆、安堵の表情になれた。 「どうする?」 「この場合は、その場を離れた方がいい。」刹那は落ち着いた口調だ。「宮沢達がまた戻ってきて、襲ってくるかもしれないから。」 学級委員の彼女の言うことに、従ったほうがいいだろう。 皆、体育館を出て外に出る。 日は中天を通り越して、傾いていた。腕時計を調べると、午後2時。 生徒達の数も、やや少なくなってきている。 「いまさら、気づくのが遅いのかもしれないんですけど・・・。」言葉は、陽だまりのような明るい表情になっていた。「誠君がいなくても、私は一人じゃないんですね・・・。秋山さんがいますし、考えてみれば、ずっと心も気を使ってくれていたし。」 「はは、そうだね。」澪は思わず、笑った。「心ちゃんや私だけじゃないと思うな。桂を育ててくれたお父さん、お母さん。それに律や西園寺や清浦だって・・・桂のことを案じたから、わざわざあの人達を止めてくれたんだと思う。 貴方の、笑顔が見たいから。 貴方が苦しんでいるのが、耐えられないから。」 「オイオイ、なんでそうなっちゃうの?」律が赤い顔で、横から口を出す。「私は澪が危険に会うのはまずいと思ったからだよ。でもまあ、思いっきり感謝しなさい。」 「私も、こういうやり方が好きではないから止めただけ。」 2人を見て、澪はくっくっと笑う。 世界だけが、黙っていた。 それに目もくれず、言葉は、 「ありがとうございます。もし・・・もし万が一誠君に振られても、私、もうくじけません。泣きませんから。 だって、秋山さんや、みんながいるって、分かりましたから・・・。」 「いやいや、伊藤は貴方のことが好きって言ってるんだよ・・・そうだ、唯と伊藤は?」 思案していると、メールが来る。 ムギからだ。 しかし澪は、そのメールを見た時、表情が変わる。 「え・・・? 2人とも、3階3年2組の休憩所にいる・・・。2人きりにした? お互いの思いを確認しあうには、それしかない?」 ムギからのメッセージに驚く。 「誠君・・・!」 言葉は、校舎に向かって駆け出していた。思わず澪も、後から追う。 「桂、伊藤は本当に桂を思っているから、多分伊藤は唯を拒むと思うんだが・・・。」 「そんなことないです。誠君は、優しすぎますから・・・きっと、平沢さんを拒まないと思うんです。」 「そんなの・・・。」 「たぶん、平沢さんと・・・!」 「くっ!!」 言い終らないうちに、澪は、かけ足を速めてしまっていた。 昇降口から、あっという間に階段を上っていく。 言葉は、留守番着信を開く。 『もしもし、言葉、どこだ? 誠だ。今そっちに向かってるから、返事してくれ。』 「それは?」 「誠君からの着信。誠君、私のこと・・・。私も、誠君の思いに気付かなかったから・・・。」 「そういうわけでは、ないと思うけど・・・。」 苦笑いする澪だが、すぐに気を取り直して、3階の休憩室に向かった。 かけ足を速めた澪と言葉と異なり、律と世界・刹那の足取りは、後を追ってはいるものの、ゆっくりしている。 そのまま、校内の玄関に入った。 「急がねえのか?」 「いや、もうこうなったからには、もういいでしょう。私はもう、当事者じゃないんだし。」 心配する律に対し、世界は大きく息をして答えた。 「それにしてもよう、まさか西園寺が、桂へのいじめを止めるとはな・・・。」 ニヤッと笑って語る律に対し、世界は目を伏せている。 「さっきも言ったけど、誠の彼女になれない以上、私が桂さんを遠ざける理由はありませんから・・・。 ちょっと気まぐれに、『いい人』になってみただけです。」 「いーじゃんかよ、伊藤もみんなも好感を持つと思うぜ、あんたに。」 「でも・・・桂さんは女子からは嫌われてますし。それに、七海には悪いな、と思う。」 「あいつね・・・。」にこやかな顔を消して、律はため息をついた。「今度あんた達も呼んで、桜ケ丘でティータイムを開こうとも思ったんだけど、どうしようかな・・・。」 「いえ、余計な気を使わなくても・・・。七海のこともありますし・・・。」 「なーんか言ったか、世界?」 きびきびした声。 噂をすれば影、七海であった。彼氏と思しき長身の男性と、腕を組んでいる。 「七海・・・。」 「宮沢から話は聞いているさ。桂への攻撃をやめてくれと、あんたが言ったって。」 「・・・・。」 世界は少し、むっとなった。 「それでいいのかよ?」 「・・・もういいの・・・。」彼女はうつむき加減に、小声で言う。「誠とは、うまくいかなかったし・・・それに、平沢さんを見てたら、この人にはかなわないな、って思っちゃって。 平沢さんと付き合ってる時の誠・・・平沢さんと一緒にいた時の誠、嬉しそうだったなあ・・・。」 「そんな自信なさげで、どうすんだよ!?」 「いーんじゃねーの?」律が口を挟んできた。「うまくいかなかったって、西園寺自身が言うんだからさ。」 「まったく、桂の奴に何言われたんだか・・・。」 「だから、違うって言ってるだろ!!」律の声が、急に荒くなった。「いつもそうやって、全部桂のせいにして、ムギまで巻き込んで陥れて!! ムギは本当にあんたにあこがれてたんだぞ!! それを粉々にぶっ壊しやがって! もういいだろ!! 終わりにしてくれよ・・・。」 「部外者の貴方に何がわかるんですか!?」 「違う!!」大声で遮ったのは、世界だ。「・・・たぶん本当は誠、私のこと、好きじゃなかったんだよ。 好きだったのは、そしてつながってたのは、ただ体だけだったって、思うんだ。 平沢さんが誠と付き合ってると思いこんで、怒って、桂さんにも八つ当たりして・・・。こんな心の狭い女、いないよね・・・。」 好きだけど好きじゃない。誠がそう言っていたことを七海は思い出して、 「そんなことないって、伊藤や桂が・・・。」 「そこまで自分を卑下しなくたっていいだろう。」言いかけた七海を、律は静止する。「ただ縁がなかった、それだけじゃねえのか。」 「田井中さん・・・。」 まばたきをしつつ、世界は言う。律は再び笑いながら、 「縁があるか、ないか。結局はこれに尽きるだろ。 西園寺だって伊藤でなくとも、いずれ縁のある男を見つけると思うぜ。 さて、行くか。」 「どこへ?」 「ナンパ。私も見つけたいしよ、いけてる彼氏。」 「待って!」世界が止める。「平沢さんはいいの?」 「いやあ、もう疲れちまってな。それに、あいつを選ぶかどうかは伊藤が決めることだぜ。私たちが口出しできることじゃねえよ。止も逮捕されたみてえだし、もう厄介なことにはならないと思うぜ。 あいつら、さんざん私らを振り回したんだから、せめて最後ぐらい、自分でけじめをつけさせねえと。 それと、いい男がいたら紹介してくれ。じゃ、後で。」 律は手を振り、遠ざかっていった。 携帯からメールが来たので、とってみる。 「やれやれ、澪の奴・・・。どこまでおせっかいなんだか。」 「律先輩!」 突然声をかけられる。 梓がそこにいた。 「おお、梓か。大丈夫、沢越止は逮捕されたそうだぜ。唯が襲われる心配はねえよ。」 「ムギ先輩から聞いています・・・。じゃないです、唯先輩と伊藤はどこに行ったんですか!?」 「ああ、ムギによれば、2人きりで3年2組にいるみたいだぜ。」 「な!? 2人きりにさせたんですか!? まずいじゃないですか・・・。」 「追いかけるのか!?」 「律先輩だって、言ってたじゃないですか! 2人にとっては一種の縁だって。」 「そんなこと言ったかな・・・?」すっかり忘れていた言葉を、律は思い出し、「ああ、それは澪と桂の話だったんだけどさ。 桂は悪い噂が絶えねえし、多分孤立無援じゃないかと思ってさ。澪のような味方がいたほうがいいと思ったんだけど・・・唯と伊藤もそうか。」 「自分で言ったんじゃないですか・・・。」梓は半ば呆れ気味に、「私は、唯先輩があんな奴と付き合うなんて、まだ許してませんからね!」 「分かった。それだけ思うのならば、止めに入ってもいいぜ。私は止がいなくなった以上、唯と伊藤の2人の思いにゆだねるけどな。」 「・・・わかりました。ありがとうございます。」 深々と頭を下げると、梓は突っ走ろうとした。 「梓ちゃん!!」 横から、通りかかった憂に声をかけられた。 「憂・・・。」 「私も最初は、あの2人を引き離したいと思ってたんだけど・・・。 やっぱり、ムギさんの言う通り、ここは2人の気持ちにゆだねるべきだと思う。」 「何言ってんの!? あんな奴に唯先輩を取られちゃっていいの!?」 「でも、お姉ちゃんは伊藤君が好きだから・・・。伊藤君は分からないけれど・・・。」 「私は、あんな奴に唯先輩を取られたくはないな。それにこれ以上、唯先輩と親しくなったら嫌だし。」 「でも・・・。お姉ちゃんは伊藤君を求めている。今回沢越止に襲われた時も、泣きついたのは私じゃなくて、伊藤君だった・・・。」 私じゃなくて、と言った時の声は、妙に低い。 「だからどうしたっていうの!? ほら、行くよ!!」 ためらう憂の腕を引っ張り、梓は突っ走る。 誰もいない、薄暗い休憩室。 しばらくずっと、唯と誠はベッドの上で抱き合っていた。 服を整えていない唯。その白い胸元が、大きく見える。 「・・・・。」 誠のどぎまぎが、ドキドキに代わっていた。 そのまま、一見すると平淡にも思える時間が流れていく。 それでも、時間がきわめて長くなったように、彼には思えた。 自分の胸の中ですすり泣く唯を見ていると、唯に言わなければならないことを、言うのをやめようかとためらってしまう。 しかし、父の顔が浮かび上がった瞬間、何か吹っ切れたような気持ちになる。 「・・・・落ち着いた、唯ちゃん?」 「・・・うん・・・。」 涙と鼻水ですっかりくしゃくしゃになってしまった顔を、唯は上げた。 ハンカチで顔を拭いて、彼女は穏やかな表情になる。 吹っ切れている今、そして彼女が落ち着いた今、打ち明けなければ。 そう思って、彼は、真顔で、切りだしていた。 「ごめん・・・さっき言った通り、俺は言葉のことが好きなんだ。 唯ちゃんも好きだけど・・・。友達以上の思いはないんだ。」 その後、非常に不気味な沈黙が流れた。 唯は、何を言ったらいいのかわからなかった。 誠の言ったことが、まるっきりの冗談だと信じたかった。 「・・・あのね、唯ちゃん。」最初に口を開いたのは、誠だった。「今言ったとおりだから。俺は、言葉のことが好きなんだ。 もっと早く言いたかったんだけど、気持ちがふらついてばっかりだったし・・・唯ちゃんががっかりして傷つくのかと思うと・・・。」 今更ながら彼は、自分の優柔不断を恥じていた。 けれどこれ以上、父と同じ轍を踏みたくはない。 そう思って、腹をくくった。 やがて唯は、静かに、 「・・・それは、桂さんに言われたからじゃないの? 『止さんと同じ道を歩みたくないなら、最初につき合ってた自分を捨てたりはしない』って・・・。」 「それは・・・。」 「それは違うと思う。マコちゃんが本当に好きな人を選べばいいんだよ。」 唯は、誠と同じ真顔になっている。 なるべく、理屈を並べ立てて、彼を引きとめようと思った。 さっき言ったことは嘘、あるいは勘違いなんだ。 マコちゃんは私が好きなんだ。 そう自分に、言い聞かせていた。 澪と言葉は、唯と誠を探して榊野校内を一緒に疾走していた。 2手に別れたかったが、まだ七海の息のかかった生徒がいないとも限らない。 急いで3年2組の教室へと向かっていた。 「澪先輩!」 横から梓が、憂を連れて追い付いた。 「梓、どうしたんだ!?」 「どうって、あの2人を止めに行くんですよ!!」 「・・・私は、お姉ちゃんの気持ちを尊重したいけどなあ・・・。」 呟く憂に、 「おいおい、憂はあんな奴に唯先輩を取られちゃっていいの!?」 「いやだけど、でもね・・・。」憂は窓を見ながら、「お姉ちゃんと伊藤君が2人でいた時、2人ともすごく楽しそうだったんだよ。 2人で一緒に料理をしていた時、2人ともうれしそうだった。 そして、2人とも自分に正直になってた。」 「・・・・。」 「邪魔するのは悪いなあ、と思う・・・。 私はちょっと、学園祭を楽しんでくるから。3人で行ってきて・・・・。」 踵を返して、いかにも鬱といった感じで憂は去って行った。 「・・・・!!」梓は呆れながら、「もう憂なんか知らない! ・・・伊藤め、私の唯先輩に手を出したら・・・!」 といいつつ、澪と言葉を追うような形で走り続けた。 前を走る2人は、こんな会話をしている。 「・・・何でこんなに皆さん、平沢さんを気にするんですかね? 桜ケ丘生徒って、レズが多いんですかね・・・。」 「いや違うって・・・。」 呟く言葉に、澪は苦笑いしながら答えた。 「みんな唯が心配なのさ。私だって、唯が沢越止に襲われたのか不安だったし。でも唯が伊藤の気持ちを無視して、手を出しちゃったら困ると思うよ。」 「誠君は、私が好きですからね・・・平沢さんが手を出しては困ります。」 その場で澪は、上手く皆の気持ちをまとめ上げるが、言葉は思わず毒づいてしまう。 3人は、目的地へと急いで行った。 「唯・・・。」 「誠君・・・・。」 初めての沈黙の長い会話を、唯と誠は続けていた。 「唯ちゃん・・・。」 「言ったじゃん、昨日。『俺も、本当は』って。 私のこと、好きなんでしょ。」 そうだった。 あの時、悲しい顔をした唯を見ていられず、つい引きとめた。 言葉も好きであり、唯も好きだった。 どっちも好きで、どちらもそばにいてほしかったんだ。 「そうだよ。言葉も好きなら、唯ちゃんも好きなんだ・・・。」 「だったら!」 「でも・・・。」 誠は、今まで自分で気づかなかった自分の思いを整理し始めた。 「唯ちゃんも好きだったんだよ。きれいな目で、いい笑顔だからさ。 その笑顔は、俺を純粋にさせる力があるんだと思う。いや、あったよ。 でも・・・このまま俺と付き合ってたら、大好きな唯ちゃんが壊れそうな気がしてさ・・・。 それなら、友達のままでいようって思ったんだ。」 「そんなことない!! マコちゃんに出会ってなかったら、今の私はないと思う。マコちゃんの前だから、いい笑顔だって出来たんだよ!!」 「ううん、」誠は首を振って「俺なんかがいなくても、例えば学祭で演奏した時も、みんなの前でいい笑顔を見せていた。独りでも君はいい笑顔ができる。 そんな唯ちゃんに、俺はふさわしくないと思うんだ。 だから、友達に戻ろう。」 「そんな・・・・。」 唯は思わず、目を伏せた。 「それに言葉は、俺が世界と付き合っていても、唯ちゃんとキスした時も、変わらずに俺のことを見てくれていた。 見捨てずに、憂さんがいたるを襲ったときだって、俺を助けてくれた。 俺はずっと、自分に向けられた愛情に気づかなかったんだ。」 「・・・私だって・・・。」 「唯ちゃんのことは好きだから。大事には思ってるから。友達として、これからも接したいって思う・・・。」 言いかけて、誠は言葉を失った。 唯の目には涙がにじみ、額には血管が浮かんでいる。 彼女は、耐えられなかった。 「ずるいよ・・・マコちゃんは・・・!」 「ずるいって・・・。」 「私をその気にさせて、今更別れようなんて・・・!」 今度は誠が目を伏せ、 「はっきりしない態度だったのは、本当にすまなかった・・・って、」 言い終らないうちに唯の両手が、誠の両肩をつかんでいた。 「ちょっと何するんだよ。・・・痛い! 右足くじいてるんだぞ。」 「このまま黙って去れないよ!! マコちゃん!」 片手を外し、唯はスカートのポケットから、あらかじめくすねていた、あれをだした。 「!!」 「・・・これ、使って・・・!!」 誠は、愕然となる。 避妊器具だ。 どこから取ってきたのか、分からないが。 ・・・ そうか、ひょっとして、言葉を助けようとして休憩室に行ったときに・・・! そう思うと、急に胸が高鳴り、体が火照り始めていた。 唯もそれに感づいたのか、誠の肩にぐっと力を入れる。 思わず彼女は、バランスを崩してしまった。 「きゃあ!」 「うあ!」 何かにつまずき、平沢唯と伊藤誠は重なって倒れ込む。 誠は強く背を打った気がするが、クッションみたいなものがあって痛くはない。 「つーっ・・・え・・・?」 気がつくと誠は、白いベッド(本来は保健室にあるもの)の上で、唯に肩を掴まれ、組み敷かれている。 薄暗い部屋。そこに男女が2人きり。 唯は誠の胸のあたりで、顔を預けた。 そう言えば、始めてキスした時も、彼女は体をそうやっていたな。 妙なデジャビュに駆られそうな思いを、必死にふっ切ろうとする。 「おい、やべえよ。」 肩をふりほどこうと思って、誠は急にゾクリとした。 見交わした唯の顔は紅潮し、目は潤んでいる。 大きな胸元が、目をそらそうとしても視界に入ってくる。 何を求めているかはすぐに分かった。 雰囲気に流されそうな自分を、誠は必死に押さえ付けた。 彼女の目は真剣なようだ。 もう望みはかなわないと、分かっているはずなのに・・・。 「や、やめようよ・・・。」 「一回だけでいいから・・。」 「でも・・。」 「あと少しなんだよ!マコちゃんと恋人でいられるのは!!」 唯が普段考えられないほどの大声を出す。 「トーンダウン、トーンダウン。ばれちまうよ、唯ちゃん。」 誠が必死になだめた。 「ごめん・・・。でも、あたしの気持ちもわかって・・。」唯が潤んだ瞳で続ける。「あと少しで、全部諦めなくちゃいけないんだよ、マコちゃんのこと。 せめて最後にマコちゃんが・・・マコちゃんの思い出が欲しい。 あたしじゃ、西園寺さんや桂さんの足元にも及ばないかもしれないけど、後悔したくないの・・。 お願いだから・・・。」 「唯ちゃん・・・。」 誠は、自分の頬どころか身体全体が火照っていることに今気がついた。そして、誠に体を預けている唯も同じように熱くなっていることに。 長い長い沈黙の後、誠の顔に唯の顔が近づいて・・。 最終話へ、続く
スポンサーサイト
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| ホーム |
|