小説『函館百景』その5(最終回)
泣いても笑っても、函館百景はここで最終回。
・・・とはいうものの、最後まで淡々とした感じになっちゃったなあ。
つかみは割と自信があったんだけど。
一眼レフの初陣で、写真は記念すべきものではあったんだけどね。

今回のおまけは今回はこのあたりに持ってきます。
函館百景のテーマソングということで(勝手に決めるな)


リチャード・クレイダーマン『午後の旅立ち』


ほかに『マホガニーのテーマ』とか、『木漏れ日の部屋』も考えていたけど。
とにもかくにも、荒削りの作品の一つが完成したから、とりあえずよかった。
書き終えると寂しいけど。
現在はジブリ美術館の旅行記でリベンジを考えているところ。(予定。とはいえ二番煎じになるなあ。)
てなわけで、函館百景最終回、文章・映像ともども楽しんでください。

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朝起きて、ホテルの窓を眺めると、快晴。
またも暑そうである。
避暑の意味、全然なかったとでも言えようか。
掛け布団である白い布がひっくり返っている。
寝相が悪いのは相変わらずらしい。
急いで着替え、荷物を全部持って下に降りると、朝の食事はすでに準備できていた。
バイキングである。
食べられれば何でもよかった。
が、朝はクロワッサンがメインで、コメはどちらかというと陰に隠れがちなメニュー。
種類の多さに惹かれてパンを選んでしまった。
外はさくり、中はふんわりといった感じで、理想的なパン料理だったが(まあユダヤ系のパンは酵母のないパンが良いものとされているし、人それぞれか。)、少々食べすぎて、その後のひねりだしに時間がかかって大変だった。
自分には『バイキングの楽しみは、たらふく食べること』という達観があり、今回もそれに従って、腹がパンパンになるまで食べた。癖である。だから食堂からトイレまで、ちょっと腹が重くて大変だった。
比較的すっきりしてきたので、朝日が差し込み、明るくなった銀の受付で、チェックアウトをした。
とはいっても、ごく普通の態度で、あまり印象にない。


北海道の朝を味わうのは初めて。
ただ僕の頭の中は、五稜郭に行った後、特急で札幌まで行くというプランが既にできている。
函館 路面電車

正午には函館駅を出てしまうため、その次の五稜郭駅で乗ろうかとも考えていた。
ところが、五稜郭からJR五稜郭駅までは歩いても30分以上かかり、経由するバスの本数も少ないという。
仕方がないから五稜郭に行った後、引き返して札幌駅で特急に乗ることにした。
五稜郭 戦場跡



函館の商店街を通って北に行き、五稜郭公園に行けばたどりつける。
地図で確認した限りはそうだったが、それは長い長い。
郡山の街並みを通った時がそうだったように、くすんだ高層ビルが幾度も続き、いつ歩き終えるのか、と不安であった。
日帰り旅行は何べんもしてきたので、歩くうえで持久力の自信はあったのだが、それを見事に砕かれた感じである。

ホテルからおよそ20分。
バーガーショップを通り過ぎて、やっと五稜郭に到着した。
函館 展望台付近

函館 展望台入口

もともと西洋の城郭を意識しただけあって、堀の形も特殊といえる。
橋から見ると、普通の堀に見えるが。
五稜郭公園 堀

こういう場合、展望台から登って俯瞰するに限る。


一旦展望台の入り口を通りすぎ、なかの植物園とも思しき、草木が周りに茂っていく場所を通る。
土方歳三の銅像。
写真よりも老けた顔。
土方歳三 銅像
挙句雨が酸を帯びていたのか、銅像が溶けたかのような跡がところどころ残っている。
かっこも何もあったもんじゃない。


いったん外へ出て、それから五稜郭の中心部へと行く。
整地されているが、そこには草っぱらと砂利道ばかり。
そのまま歩いて行く。
そこには、2010年にオープンしたばかりの、箱館奉行所がある。
箱館奉行所


もちろん、箱館奉行所は現地の行政や防衛などを司っていた。1864年に落成したこの建物は、箱館戦争で旧幕府軍の拠点となり、明治になってから解体された。
今回再建された奉行所がレプリカである以上、ある意味想像の産物でしかないが、それでも中に入ると意外に密度が濃く、1時間ほど費やしてしまった。
小ぢんまりとした外見に合わない、濃い展示物をセットしていたようだ。


もちろん中は当時と異なって電気が通っており、歩きやすくなってはいる。それでも靴下で歩くと滑りやすい。
トイレもそれらしく作っている。
箱館奉行所 厠

つややかな檜の床で足を滑らせないようにしながら、ゆっくりと歩いて行った。
箱館奉行所 中庭


達筆な掛け軸はもちろんレプリカだが、御家人の身分を金で買った榎本武明の教養をうかがわせる。
榎本武揚の掛け軸



『四稜郭』は五稜郭のミニサイズといった感じだが、総攻撃の際あっという間に陥落したという。
いつかその跡地にも行けるだろうか。
箱館奉行所 四稜郭



当時の大砲もセットしてある。
大砲
その後で長い道のりを戻り、函館展望台へと急ぐ。
なにしろ時間がないのである。
目玉はこっちだ。
そこから五稜郭を俯瞰してみる。
おまけに高いところが好きなのである。


展望台へ行くまでのエレベーターは、締め切っていて窓が見えない仕組みになっている。
移動中は照明を暗くし、榎本武明や大鳥敬介、土方歳三と行った北海道共和国の重鎮の写真が移る。
五稜郭展望台 エレベーター

郡山駅近くの展望台に行ったことはあるが、あそこはエレベーター移動時の音がうるさくてかなわなかった。それに比べると静かだが、幻想的・・・というにはほど遠い。
五稜郭 エレベーター
それに一時ではある。
展望台から見える景色の方が、絵にはなる気がした。


展望台は五稜郭の中ではなく、外に設置されているため、五稜郭の全景がすべてみてとれた。
綺麗な星型である。
五稜郭展望台から見た五稜郭
誰が設計したのかは不明だが(もちろん外国人をブレーンにして、榎本武明が設計したんだろうが)、随分と美しく仕上げるものである。
展望台はご多分にもれず、円形上の作りになっており、そこから周りの景色が見れるようになっている。
そこには展示物をおいてある。
箱館共和国の人々と、箱館奉行所の人々、さらには五稜郭の戦などを描いたミニチュア。
外の景色に比べると華がないが、それでも良く見ておいて、撮るに限る。
五稜郭展望台 ミニチュア
観覧料1000円を無駄にしないと決め込んでいて、なるべく元手を取りたいと思っていた。


それから、周りの景色を見てみる。
内陸もいい。
だが、広がっていく海が、のちの横浜旅行でも自分の心の琴線に触れるのだが、函館東部の海もしかり。
海が、奥に半島が、広がっていく世界を見せている。
五稜郭の景色


遠くへと旅立ちたい。
そして、見知らぬ様々な景色を見てみたい。
これが自分の生きがいと、生きた証になる気がして。
その第一歩として、函館を選んだ。
海が見られただけでも、よかった気がする。
でもそれ以上に、函館の街並みが見られたのがうれしい。
ふと、太宰治の『雪の夜の話』のフレーズが浮かんだ。
「人間の目玉は、風景を蓄えておくことができると、兄さんが教えてくださった。」
現実の人間も、蓄えられるだろうか。
死ぬまで蓄えられるだろうか。
自分は写真と景色を通じて、生きた証を求める。
飛ぶが如く。


この写真が、函館最後の手土産である。
こういうのをなんというか。
翔ぶが如く。
五稜郭の景色



翔ぶが如く。
日常から出て、親からも仕事からも離れて、函館へ行く。
函館から出立し、その後札幌へ行って帰り、またいつもの日常へ戻る。
自分と同じである。
函館を旅立つ電車に乗る直前、妙にさびしい気分になった。
いつかまた、この地に来ることはあるだろうが。
その時のために、函館中心の景色はすりこんでおくに限る。
函館さん、さようなら、お世話になりました。
パシャリ。
さようなら函館


駅前のキオスクでジャンプを読み、『銀魂』を読んだが、コンテが荒い荒い。
函館の百景とは正反対なような気がした。
やがて特急車両が来る。
札幌駅行き 特急

目玉に函館の風景を蓄えて、空色の電車に乗って、僕は函館を後にした。
出発した車窓からの函館の景色は、東北の街並みと変わっていない。
が、特製ある街並みといえた。


了。
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【 2012/03/08 22:58 】

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