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この頃の山本覚馬は、失明はしたものの京都府庁に出仕して、当時の知事であった槇村正直の顧問になっていたから、金銭的な不自由はなかったようだ。 覚馬と同居して今の生活や仕事を身をもって知る八重だけれど、長州の者たちが県令として牛耳っている姿には我慢できなかったらしい。 覚馬は様々な陳情を冷静に対応しているあたり、やはり頭は切れるようだが。
長州の人達にも知恵を提供する覚馬に対し、反発する八重。 人が変わってしまったと嘆く八重だけど、佐久がうまくフォローする。 そこはやはり親心。
京都の会津本陣でお互いに会津の人間として戦うことを思い出す兄妹。 お互い会津のために、そして悔しい思いをしてきたのは確かに同じだったんだろう。 敵に何故力を貸すのか反発する八重。 苦労して建白書を書いたことを八重に見せて、自分の苦労と誇りを見せようとする覚馬。 そして八重は兄の思いを理解するわけね。 これから先は学問が物を言うと。 『学問のすすめ』で福沢諭吉が説いていたことと似ている。
娘の機嫌も直ってようやく父と打ち解ける。 覚馬もうらのことを忘れているわけではないらしい。
不平等条約を改正しようとする明治政府の面々。 その中で会津から出国した山川捨松もいた。 結構一家揃って頭が切れるんだねえ。
ここから八重は、シーボルトお稲のように学問に励むわけね。 西郷との対話の中で、お互いに認めあっていたことがわかるものの・・。 それでも西郷の真意を分かることができなかったのは、当然というべきか。
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