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『黒い雨』を思う一週間 その1
ご無沙汰しています。SPIRITです。
今回の東日本大震災の被害を僕も受けました、僕のところは水道とガスがまだ復旧していないのですが、とりあえず家族も含めて皆無事です。
被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一刻も早く元の生活に戻れますように。
そして犠牲者の方々の冥福をお祈りします。


件の大地震が起こったとき、僕はちょうど研究室入口近くのパソコンで、実験結果の写真を撮っていたところでした。
それまでにいくらか揺れが起こっていたんで、少しなれた感じで入口のドアを開けたのですが、その時から急に揺れが激しくなり、慌てて入口からでて、天井に落ちるもののない場所でしゃがんで踏ん張っていました。
自分の隣で後輩が、そのまた後輩をかばうように踏ん張っていたのを見て、自分が恥ずかしくなったのを覚えています。

とりあえず揺れがやんだ後、教授に従って外にでて、判断を仰ぐのを待ちました。
折から雪が降ってきて、僕はその日、長袖のYシャツに厚手のジャンパーを着ていたのですが、ジャンパーを研究室の奥の自分の机においたまま外に行ってしまったので、寒いのなんの・・。
待っている間に父と母に連絡を取ろうとおもったら、何故か携帯の液晶に亀裂が。
画面を読みとるのに苦労しながら家族に連絡のメールを送り、両親の無事は確認できましたが、同居中の祖母との連絡は取れず。(その4日後に携帯は完全に作動しなくなりました。電話線もNTTでシャットダウンしているためネットもできず、今日やっとdocomoで携帯の代替品をもらって、ようやくネットが出来るようになったのですが・・・。整理券もらうのに2時間並んだ。)


とりあえず、教授の指示で、研究室の必要なものだけ持って帰っていくということになりました。
電気が切れて薄暗い研究室の中は、割れたビーカーやフラスコの破片、それに棚から落下したプロトコルファイルが散乱しており、唖然とするしかありませんでした。
それでも自分のノートパソコンが、液晶にひびも入らず無事だったときは思わず安心し、「よく頑張ったな」とノートの角を叩きました。
結局持って帰らなかったけど。時間もケースもなかったし。

しかし情報は集めないとと思い、携帯のワンセグを起動しながら研究室を後にしました。
やたら寒かった・・。

気になったのは祖母の安否。
何回も、直接電話して通じず、心の奥でハラハラしていました。
幸か不幸かその日はデイケアにいて、周りに沢山の人がいるから、万が一のことがあっても発見者はいる。
でも、もしそうなったら・・。
それだけが心配でした。
飼い猫はこの揺れだと、多分どっかの棚の下敷きになっているだろうし、食器も今回の地震で大半がお釈迦・・。
そういう諦めの思いもありましたが。

こんなに長く歩いたのは久しぶりな気がしました。


続く


拍手へのお返事
拍手ありがとうございます。
そちらの方は大丈夫でしたか?
とりあえず僕と家族は内陸にいて、津波も来なかったのですが、テレビで津波が人や家を流していく映像を見たときには度肝を抜かれましたね。
本当に黒い雨の主人公になった感じでした。
できる限り体力と精神力を蓄え、4月からの新人研修に臨むつもりです。

今回のおまけ
東日本大震災 千葉・旭市で車載カメラが津波にとらえる
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テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:ニュース

【 2011/03/19 21:22 】

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