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凋落の足音 〜平清盛・双六が終わる時〜
東国で力を着々と蓄えていく頼朝に対し、清盛ら平家一族はどんどん凋落していく。
やはり清盛個人の力によるところがでかかったのか。
あくまで貴族社会の中で立ち回っていた清盛と、武士の意見を聞いてきた頼朝とは支持基盤が全く違っているからなあ。
とはいえ京都は『鵺』と呼ばれた場所。
どう風見鶏が向くかわからないところがあるからなあ。

高倉上皇が死に、清盛は影響力を失っていく。
もちろん安徳天皇もいるけど、まだ若い。
後に壇ノ浦で入水することを考えれば、平家は権威を守りたかったのであろうか。
最も頼朝はあまりそういったしがらみに動かされず、律令体制をそのままに幕府を作るんだけどね。

堀河局、久々の登場。
しかし白髪姿で全く老けたなあ。
ちょっとびっくり。

そうした中に限って、清盛を叱咤激励するのが後白河か。
幽閉されていたのにどうやってこちらに来た?
再びすごろくに興じる二人。
その中で、武士が王家の犬と呼ばれていた時代はすぎさり、武士同士が覇権を争うと告白。
ある意味、武士の世を作るというのは、清盛の時代で成功していたのかもしれない。


西行の前に現れたのは、清盛の亡霊?
熱病に倒れたのに、あるいは幽体離脱してこちらに来たのか?
ちなみに清盛は、高熱と短期間での死亡から、マラリアではないかと言われている。
当時は大仏を焼き討ちしたことの祟と言われたが。

泣いても笑っても、今度で最終回の清盛。
どんなラストになるかな?
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【 2012/12/16 19:42 】

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リターンマッチ ~平清盛・宿命の敗北感想~
清盛が頼朝を生かしたために、頼朝により平家は滅ぼされた・・・。
これはのちの歴史でも生かされていて、徳川家康は豊臣の勢力が盛り返されたのを恐れて、豊臣秀頼を自害させたと言われている。
動乱の世で学ぶことは多いというわけか。

さて、石橋山の戦いで敗北に追い込まれた頼朝。
しかし梶原景時の計らいで見のがされる。
この時から頼朝は景時に恩を感じていたのだろう。
律儀で昔気質の軍監という性格も、体制作りにもってこいというのではないか。
(為に義経とは対立するが。)

義経もまた、平家に対して立ち上がろうとするが、秀衝によって阻まれる。
どちらかというと秀衝は慎重なのであろう。
石橋山の頼朝の敗北もあったから。
しかし度胸と弓の腕を見せて認めてもらう。
義経は小柄ながら腕は高かったという話だからね。


一方で頼朝との対決を控えながら、福原への遷都を決行する清盛。
かなり思いつき的なところが多かったからねえ。
加えて平家は兵糧不足があり、それが富士川の戦いの敗北につながったとされる。
腹が減っては戦は出来ぬか。
一方で清盛は、武士の新しい世を期待する。
義朝のこともあったからねえ。

そして上総広常に会う頼朝。
先祖の時から下馬の例をしたことがないという広経。
門前払いにしようとする頼朝に無理やり入る。
それだけ源氏の御曹司には、人を集める力があったということか。

方や平家。
今回の平維盛はかなりリーダーシップのない人間として描かれているよう。
遊び女を陣中に連れて、忠清のような武骨な男が耐えられるわけもない。
あげく鳥の飛び立つ音で平家が混乱したあとも(平家物語にある)、うまくまとめあげることができない。
将たる器ではないということか。
実際は桜梅少将と呼ばれた美形なんだけどねえ。
結構入水自殺したあとも生きているという伝説もあるほどだし。
そして10騎程度の兵で逃げ帰り、清盛にもぼこられ、京に入れてもらえない。
気の毒だなあ。
一方で忠清は平家が武家ではなくなったこと、清盛が武士でなくなたことを訴える。
武家や武士では出来なかったことをやってのけたが、同時に失ったものも大きかったということか。
清盛自身、忠清を斬ることができなかった。
清盛が失ったものも大きかった。


さて、あまりにあっけない終わり方に呆然とする頼朝。
そりゃあね。
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【 2012/12/02 20:43 】

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落日 ~平清盛・頼朝挙兵感想~
いよいよ源氏が挙兵ということになった。
以仁王の令旨で元気づけられる・・・というわけではないようだ。
頼朝はまだまだためらっている様子。
慎重というべきなんだろうが、義朝の忘れ形見が立ち上がれば、更に反平家の勢力がのしあがるのも事実。
ついに立ち上がるわけだ。

老年期の清盛は本当に白河法皇を思わせる格好。
同時にその悪い点も受け継いでしまったようで、相変わらず仏御前におぼれる日々・・・。
まさに落日をにおわせる雰囲気。
『年寄りの馬鹿ものほど始末に負えないものはない』とは西洋のことわざだけど

そして頼政は、平家への挙兵を考えながらも、清盛に胸の内を明かされたり。
おそらく頼政は平家政権の中での出家も考えたんだろうけど、仲綱が宗盛にひどい目にあわされたり、複雑な心境だったんだろうな。
そして蜂起し、鎮圧される。
以仁王の乱はこうしてあっけなく終わるが・・・その火種はまだまだ消えてはいない。

そして、清盛は貴族の反対を押し切って福原遷都を実行。
まさに周りが見えなくなったワンマン。
それでも天皇へ気を使うあたりは人間味があるというべきか。
「これが面白く生きるということか。」
西行の諫言も入らなくなった清盛は、どういう思いだったか。

武士の世について悩む清盛。
一方で地方の武士は税をとられて干上がる・・・。
武士の国は鎌倉幕府によってつくられていくようだけど、その中で頼朝は源氏の国ではなく、武士の世を描いていくのかな。

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【 2012/11/25 20:45 】

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反平家の狼煙 ~平清盛・以仁王の令旨感想~
治承三年のクーデターにより、事実上清盛がトップに立ち、そして官位も平家の息のかかったものばかりになったが・・・。
一方で評判はガタ落ちになっていた。

反平家の狼煙は一方でくすぶっているようで・・・。
頼朝も弓の練習を始めたが、当たらない・・・。
ま、ずっとお経を読んでいる生活だったからね。

一方で平泉で天賦の才を見せる義経。
しかし京本正樹の藤原秀衝ってちょっと似合わないなあ。
まあずっと敵役が多かったから、それでいいのかも。

一方、清盛は国造りを強引な形で進めていたようだ。
まずは都を福原に移すといいはなつ。
西光の罵倒、および後白河法皇の重盛への冷遇、重盛の死・・・。
その恨みや悲しみを引きずっているようだ。
まあ年をとって耄碌してきたということもあるんだろうけど。
豊臣秀吉も晩年は英雄ではなくなったという話だけど。
清盛もまた、まさに良くも悪くも、孤独も悪評も背負う独裁者になったというかねえ・・・。


一方の頼朝は、武士の魂を清盛は忘れてしまったのかという政子の前に、通らねばならぬ道と答える頼朝。
頼朝は清盛をどう思っていたのだろうか。
父親の仇でもあり、理想でもあり、超えるべき壁でもあった。
複雑な思いをきっと抱いていたのであろう。
一方清盛は、白拍子の祇王と祇女を招き入れ、祇王を引き寄せる。
ところが仏御前があらわれるとそちらになびく。
平家物語では清盛の横暴として描かれる祇王の話。
ここでは清盛のあいた心の埋め合わせとして描かれているようだ。


一方宗盛は宴ざんまい。
史実の宗盛は肥満体だったというから、これもある意味ミスキャストだと思うが・・・。
忠正の竹馬の話から急に機嫌が悪くなり、仲綱にも八つ当たり。
(平家物語にもある宗盛の横暴。まあ自身もしっぺ返しを食らっているが)
やっぱり将の器ではなかったようで。
やはりのぼせあがったのが悪かったのか。


平家が腐敗する中で、高まる反平家の狼煙・・・。
頼政もついに仲綱のことで不満を高め・・。
(源氏の武者がここで終わればいいのかと言われていたしな)
そして後白河法皇の子・以仁王がついに令旨を出す。
これに逆らえば賊軍ということだ。
いい大義名分になる。
これが平家の、源氏の運命を分けることになる。

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【 2012/11/18 20:45 】

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清盛の揺らぎ ~平清盛・そこからの眺め~
平穏な暮らしの頼朝。
政子との間には娘・大姫も生まれる。
大姫も政略結婚の中で親に翻弄されたといいかもしれない。
木曽義仲の息子・義高のもとに嫁ぐが、義仲が殺害された後に義高も処刑され、以後結婚を拒んで障害を終えたと言われている。
本当に人間の一生は何があるかわからない。


ところで、重盛はこの頃、重い病にかかっていた。
吐血から胃潰瘍、または背の腫瘍・脚気とも言われている。
「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」
とは日本外史の言葉であるが、温厚なふうを装っていても、裏はけっこう悩んでいたようだ。
清盛と後白河の間の調整に苦労していたものの、うまい方法を思いつかなかったらしい。
加えて弟・基盛の急死や、母違いの兄弟達の台頭が孤立感を深めていったようである。
愚管抄でも
『とく死なばや』
と言っていたらしく、かなり悩みが深かったことがうかがえる。

一方で

かくの如きの時、必ず使を送られ殊に芳心(親切な心)を致されるなり(『山槐記』)
イミジク心ウルハシク(『愚管抄』)
武勇時輩にすぐると雖も、心懆甚だ穏やかなり(『百錬抄』)

といわれており、貴族には好かれていたようである。


今回重盛のもとに法皇がやってくる、というのは6月21日
実際にはこの1か月前に重盛は出家しているようだが、忠と孝との間で常に悩んでいた彼は、法皇をどう思ったのであろうか。
平家の安泰を死の床で重盛は頼んでいたようだが、彼の死後、院政が停止されると彼自身も考えてはいなかったのではあるまいか。
すごろくをさせた後白河法皇の腹の中は、平家を安泰にさせようという気がなかったのではないか。
昔の伏線がよみがえる中で、清盛・重盛は何を考えていたか。


重盛の死後、清盛の人事権も所有国の権限も後白河のものとなったようだ。
どうやら完璧にたもとを分かつつもりらしい。
そしてついに治承三年のクーデターが勃発。
清盛を止める者がいなくなったがゆえの暴挙だろうが。
重盛を失った悲しみもあったのかもしれない。

後白河法皇を蹴落とす形で、清盛は実質上トップに立った。
しかしそこからの眺めはさぞ醜いものだったに違いない。
乙前からも冷たい目で見られ、彼はどう思ったか。



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【 2012/11/11 20:43 】

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